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再逢の契り
72.
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「だがちょっと重いか。早くも落ちてきてる」
「え・・あ」
冬乃は慌てて髪に手を遣った。確かにその場は簪ひとつ分を支えるための髪しか束ねていない。
冬乃は周りからもう一巻き分の髪を手早く取って、挿してくれた櫛の周りへ巻き付けて支えを強化してみる。
沖田が感心したようにその様子を見届けると、冬乃の頭上に口づけた。
再び冬乃の体は抱き寄せられ。
「冬乃」
力強く硬い腕にもたらされる深い安息のなかで、頬に直に伝わる大好きなその呼び声、
いま確かに冬乃を包みこむ沖田の肉体の存在を感じながら、冬乃は、そっと瞼を閉じた。
(二の世があるならその先も)
その通りで。冬乃は千代の次の世の、そのさらに次の世での生まれかわり。
“夫婦は二世” を超えた、何かが、次の世ののちも縁を途切れさすことなく互いの魂を繋いだのだ。
(だけど)
何度生まれかわってでも、貴方を見つけ出せたなら
そう祈ってしまう。冬乃は、冬乃と沖田として、何度でも出逢いたいのにと。
輪廻のさだめがそれを許すはずもない事、
沖田が、だからこそ冬乃と沖田としてではなくなってもと、そういう言い方をした事も冬乃には理解できても。
肉体をもつ人の世に今この瞬間を生きている冬乃にとって、求める存在はどうしても統真ではない、いま冬乃をあたたかく包み込んでくれる目の前の沖田。
その想いはいつかは変わるのか、今は想像もできない。
肉体を離れたとき、
人の世から離れたとき。そのとき冬乃が魂そのものに戻ってなにかを祈ることが叶うなら、
その祈りは違うものとなるのだろうか。
いまこうして冬乃であること沖田であることに囚われているのは、只々人の世に生きている“最中” だからなのか。
何度も想ったではないか。
互いの肉体が最後の障壁なのだと。
やっと出逢えたのに、未だ魂と魂の、最後の距離がもどかしいほどに感じられて、
きっとだからこそ求めてしまうのだと。
肉体に囚われるこんな人の世で叶う、互いが最も近づけるひとときを。
だったら、互いの肉体が無ければ。
(・・・総司さん)
沖田の温かな胸に、冬乃は頬を押しつけた。
いまの冬乃にとってはどうしても失いたくないこの温もりは、互いがその肉体の中に存在する間だけのことではないか。
互いが、であって。たとえば冬乃が今の瞬間に死んでしまうなら、それでも冬乃は、彼のこの温もりを失いたくないと思うだろうか。
思わないだろう。
いつのときも、その祈りは互いがどちらも欠けずに生きているからこそのもの。
生きていてほしい、温もりを失いたくないという想いは、あくまで生きている冬乃自身のための祈り。
互いの肉体がこの世に存在して初めて成り立つ希求。
冬乃は冬乃自身のために、沖田に死んでほしくない、とは願っても、
沖田のために願うことは、死んでほしくないとは少し違うのだから。冬乃が沖田のために願うことは唯ひとつ、彼の幸せであり、苦しんでほしくない、それだけ。生きるも死ぬも。
彼が苦しまないで済むのなら、それさえ叶うのなら、そこに生きていてほしいかどうかは関わらない。
きっとその場になったらまた咄嗟に、この身を盾にでも何にでもして、彼を死から護ろうとしてしまう自分がいても、
それでも。
冬乃の真に望むものは、彼の肉体の存続そのものではなく、
只々、彼が苦しまない事、幸せでいる事で。
冬乃が肉体をもって生きているうちは未だ、こんなにも彼の温もりを欲しながら、そしてそれが己の勝手な望みであることを自覚していながらも。
(だから)
いま冬乃がこうして、沖田の温もりを欲することが、互いの肉体の在る間だけの望みならば、
冬乃の本当に求めていることはきっと、
再び冬乃と沖田として肉体を得て巡り合う事でも、再び人の世に生まれかわって冬乃と統真として再逢する事でもない、
もう、
(生まれかわりたくない)
何処の世にも行かず、唯ずっと永劫に魂でそばにいたい。
“もう離れたくない”
千代の魂の声を聞いた気がした、あのときの想いは。
そういう意味だったのではないか。
「え・・あ」
冬乃は慌てて髪に手を遣った。確かにその場は簪ひとつ分を支えるための髪しか束ねていない。
冬乃は周りからもう一巻き分の髪を手早く取って、挿してくれた櫛の周りへ巻き付けて支えを強化してみる。
沖田が感心したようにその様子を見届けると、冬乃の頭上に口づけた。
再び冬乃の体は抱き寄せられ。
「冬乃」
力強く硬い腕にもたらされる深い安息のなかで、頬に直に伝わる大好きなその呼び声、
いま確かに冬乃を包みこむ沖田の肉体の存在を感じながら、冬乃は、そっと瞼を閉じた。
(二の世があるならその先も)
その通りで。冬乃は千代の次の世の、そのさらに次の世での生まれかわり。
“夫婦は二世” を超えた、何かが、次の世ののちも縁を途切れさすことなく互いの魂を繋いだのだ。
(だけど)
何度生まれかわってでも、貴方を見つけ出せたなら
そう祈ってしまう。冬乃は、冬乃と沖田として、何度でも出逢いたいのにと。
輪廻のさだめがそれを許すはずもない事、
沖田が、だからこそ冬乃と沖田としてではなくなってもと、そういう言い方をした事も冬乃には理解できても。
肉体をもつ人の世に今この瞬間を生きている冬乃にとって、求める存在はどうしても統真ではない、いま冬乃をあたたかく包み込んでくれる目の前の沖田。
その想いはいつかは変わるのか、今は想像もできない。
肉体を離れたとき、
人の世から離れたとき。そのとき冬乃が魂そのものに戻ってなにかを祈ることが叶うなら、
その祈りは違うものとなるのだろうか。
いまこうして冬乃であること沖田であることに囚われているのは、只々人の世に生きている“最中” だからなのか。
何度も想ったではないか。
互いの肉体が最後の障壁なのだと。
やっと出逢えたのに、未だ魂と魂の、最後の距離がもどかしいほどに感じられて、
きっとだからこそ求めてしまうのだと。
肉体に囚われるこんな人の世で叶う、互いが最も近づけるひとときを。
だったら、互いの肉体が無ければ。
(・・・総司さん)
沖田の温かな胸に、冬乃は頬を押しつけた。
いまの冬乃にとってはどうしても失いたくないこの温もりは、互いがその肉体の中に存在する間だけのことではないか。
互いが、であって。たとえば冬乃が今の瞬間に死んでしまうなら、それでも冬乃は、彼のこの温もりを失いたくないと思うだろうか。
思わないだろう。
いつのときも、その祈りは互いがどちらも欠けずに生きているからこそのもの。
生きていてほしい、温もりを失いたくないという想いは、あくまで生きている冬乃自身のための祈り。
互いの肉体がこの世に存在して初めて成り立つ希求。
冬乃は冬乃自身のために、沖田に死んでほしくない、とは願っても、
沖田のために願うことは、死んでほしくないとは少し違うのだから。冬乃が沖田のために願うことは唯ひとつ、彼の幸せであり、苦しんでほしくない、それだけ。生きるも死ぬも。
彼が苦しまないで済むのなら、それさえ叶うのなら、そこに生きていてほしいかどうかは関わらない。
きっとその場になったらまた咄嗟に、この身を盾にでも何にでもして、彼を死から護ろうとしてしまう自分がいても、
それでも。
冬乃の真に望むものは、彼の肉体の存続そのものではなく、
只々、彼が苦しまない事、幸せでいる事で。
冬乃が肉体をもって生きているうちは未だ、こんなにも彼の温もりを欲しながら、そしてそれが己の勝手な望みであることを自覚していながらも。
(だから)
いま冬乃がこうして、沖田の温もりを欲することが、互いの肉体の在る間だけの望みならば、
冬乃の本当に求めていることはきっと、
再び冬乃と沖田として肉体を得て巡り合う事でも、再び人の世に生まれかわって冬乃と統真として再逢する事でもない、
もう、
(生まれかわりたくない)
何処の世にも行かず、唯ずっと永劫に魂でそばにいたい。
“もう離れたくない”
千代の魂の声を聞いた気がした、あのときの想いは。
そういう意味だったのではないか。
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