碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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壊劫の波間

51.

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 喜代を手伝って、眠り続ける千代の看病をしながら、冬乃は胸を刺し貫いたままの辛苦に抗っていた。
 
 血の赤が滲んだ懐紙が、千代の枕元の屑入れを埋めていた。
 喜代は恐らく薄らと気づいているのではないか。否、気づかないはずがなく。
 
 「冬乃さん、今日は本当にありがとう」
 
 帰り際、何度も頭を下げて礼を言う喜代に、冬乃はうまく返す言葉が見つからずに、早く良くなりますようにとそんなありきたりな台詞を置いて帰路についた。
 
 
 澄みわたる快晴の下を、冬乃は澱んで凍えた心をひきずるように歩んでゆく。
 
 残酷なまでに晴れやかな天は、いつかの夏の時と同じだと冬乃はつと思い出す。
 この帰路はもう何度も涙で霞んだ。あの一番最初の、沖田と酒井と共に訪ねた夏の日から、
 
 千代の選択をただ受け止めるしかなかった日も、
 
 そしてきっとこの先も。千代の最期の日まで繰り返すのだろう。
 
 
 (・・・あ・・)
 
 昼下がりの活気あふれるこの道で、談笑する母娘とすれ違いながら冬乃は、
 不意に浮かんだひとつの懸念に胸を突かれていた。
 
 
 沖田と千代が内縁の夫婦だった時は、共に暮らしていただろう沖田が千代の最も近くに居た人だっただろう。けれど千代の運命が変わっている今、千代が実家を出ていない現状で、今もこの先も千代の一番近くに居るだろう人は喜代ということになる。
 
 冬乃は喜代の寿命を知らない。しかしこのまま彼女が千代の傍に居続ければ、千代の魂が遠ざけたはずの沖田と同じ運命を辿ることになってしまうのではないか。
 
 
 (・・・でも・・ちょっと待って・・?)
 
 千代が、沖田の縁者として組ゆかりの寺に埋葬されたことが、今更ながら引っかかる。
 
 そもそも結婚が内縁の場合、制度上は、千代の所属先は未だ実家の檀那寺である。

 それなのに千代は実家の寺には埋葬されなかった。
 
 
 千代たちが江戸から京へ来る際に、檀那寺となる寺を京に移していないことは千代から聞いている。父の法要に江戸まで帰っていると、彼女は以前に話していた。
 
 (それで、お千代さんは江戸でなく京で亡くなったから、代わりに総司さんを通して組ゆかりの寺に埋葬した・・?)
 
 
 だがそうだとしても、なぜ千代は、千代の実家の名の下では無しに、沖田の縁者として埋葬されたのか。
 沖田の他に、より近い縁の身寄りがいたなら、その人が千代を家の名の下で弔うのが自然だ。
 
 けれども実際には沖田の縁者として為された。
 ならば千代には、
 ある時点から、内縁の沖田以上に近しい身寄りが存在しなかったという事にならないか。
  
 
 (・・でも、それってつまり、・・・)
 
 千代の母である喜代は。
 
 この先、千代よりも更に前に亡くなってしまうという事・・・
 
 
 
 「・・そんなのって、」
 
 おもわず声に出てしまい、冬乃は道端で立ち止まった。
 
 それなら千代は、母亡き後、本来なら沖田の縁者として供養されるはずが、
 この先も誰と婚姻するわけでもなく亡くなった時には、無縁仏になってしまうのではないか。 
 
 (・・ううん、親戚が江戸に居るって、前にお千代さん言ってたはず・・!)
 
 だったら突き止めておかなくてはならない。
 酒井は千代たちの親戚を知っているのだろうか。
 
 もし酒井が知らなくても、千代たちの檀那寺が発行した証文が家のどこかにあるはずで、そこから親戚を辿ることさえできれば。
 
 いや。もしそれが叶わなくても、無縁や薄縁の仏を弔う寺はここ京都になら多いはずで、組ゆかりの寺もそのひとつともいえるのだろうことを考えれば、千代の眠る場所は歴史どおりであってもいいのかもしれない。
 
 
 (だけど、それより、・・お喜代さんが)
 
 もし冬乃の予想どおりになってしまうなら。
 
 
 誰が、この先、千代に付き添って看病できるだろう。
 
 
 (総司さんとお千代さんが本来の運命だったなら、・・総司さんだった・・)
 
 
 けど今は。千代にとって、その存在はいない。
 
 そうしてしまったのは、まぎれもない冬乃だ。
 
 
 
 (私が、付き添う。)
 
 
 冬乃は震えている息を無理やり吐き出した。激しい鼓動を落ち着かせるために、大きく吸い込む。
 
 横を通った人々が、立ち止まったままの冬乃を一瞬見やって去っていった。
 
 (大丈夫、私が感染することは無い)
 
 違う。
 感染するわけにはいかないのだ。
 
 千代がその運命を捻じ曲げてまで、護った沖田を。今度は冬乃が危険に曝すなんて事が、絶対にあってはならない。
 
 千代が望んだこの奇跡に、そんな結末があるはずがない。

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