碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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壊劫の波間

48.

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 ただ何も聞かずに抱きしめていて

 冬乃がそう願った心の声を、まるで聴きとったかのように。
 沖田の部屋へと直行してしまった冬乃を出迎えた沖田が、冬乃の表情を見るなり黙って抱き包めた。
 硬く温かな胸に頬を押し付けて冬乃は、安心したら溢れそうになった涙を堪える。

 大丈夫だ
 言葉にされずとも、伝わるほど深く抱きしめてくれる沖田の、
 着物を冬乃は、夢中で握り締めた。
 
 (このまま時が止まってくれたら)
 もうこれ以上、進まないで、永遠にこの時に何度も戻ってこれたなら。
 
 それなら幾度未来へ帰ってもまた、繰り返せるというのに。この果てのない苦しみから抜け出て。


 「冬乃・・」

 すっかり暗くなった外から初秋の風がすべりこむ中、緩やかな行灯の光を背に沖田がそっと冬乃を離し、顔を上げた冬乃の瞳を見据えた。

 「前に言った事、覚えてる?一人で抱え込んで苦しんでほしくない、と」

 「はい・・・」
 冬乃が打ち明けたくなった時にはいつでも聞いてくれる。そんな沖田の愛情が、冬乃の沈みそうになる心を底から支えてくれている。

 「ならいいんだ」
 それでも心配そうに見下ろしてくる沖田に、
 「ありがとうございます」
 まだ少し涙が零れそうになりながら冬乃はなんとか微笑んでみせた。


 この先の歴史の行く末を、けれど彼にも打ち明ける日はきっと来ないだろう。
 でも藤堂の事ならば、相談できる時がいつかは来るはずと。あれからずっと冬乃は模索している。

 歴史の大流も人の命の刻限も変えられない冬乃に、介在できる唯一の事、
 人の、藤堂の、命の散り様を変える。
 そのために。
 
 尤もそれですら、変えられるのはその人の望みに適っていた場合だけで。だから、必ず見つけなくてはならない。
 藤堂の望む死を、
 歴史が遺した彼の散り方の、代わりを。
 
 でなければ、
 それを冬乃が用意できなければ。
 藤堂は新選組の仲間と敵対して死んでしまう。
 
 (それだけは・・藤堂様が望んでいた死なわけがない・・)
 
 
 ぶるりと震えた冬乃の体が、強く今一度、抱き締められた。そして優しく緩まり。
 「状況がもう少し落ち着いたら、」
 沖田の穏やかな声音に、冬乃は顔を上げる。
 
 「二人で温泉に行こう」
 
 
 (・・温泉?!)
 
 冬乃にすれば唐突な、その誘いは、
 冬乃のこれまでの思考を一気に逸らした。
 
 「暫くは、家の風呂で我慢してもらうけど」
 
 「え、や、そんな充分すぎるほど満足してますいつも!あ・・でも温泉は・・温泉で・・・ぜひ・・・・」
 
 沖田が笑った。
 「うん。で、今夜はこれから帰る?」
 
 (あ)
 
 そうだ。沖田は今日は朝と昼間の巡察を終えていて、今夜はもう非番なのだ。
 
 「はい」
 頬が熱くなるのを感じながら答えた冬乃を、
 「夕餉はどうしようか」
 沖田が冬乃の腰を未だ抱いたまま見下ろしてくる。
 
 聞いてくれたのは、常に冬乃が家に帰るときは夕餉を作りたい事を知っているからで。
 ただ。
 「今夜はこれから作ると遅くなってしまいそうなので、こちらで食べていくのでもいいでしょうか」
 「もちろん」
 沖田が予想していたかのように頷いた。
 
 早速広間へ向かう様子で、冬乃の体をそっと解放し、刀掛けへ大刀を取りに向かう沖田を見ながら冬乃は、つと、
 
 先程までの涙も収まっていて、それどころか今夜の二人きりで過ごせるひとときに向けて心が躍っていることに、気づいた。
 
 (・・もしかして総司さんは、私がこうなるように・・?)
 
 
 大刀を腰に差し、沖田が振り返る。
 
 「じゃ、行こうか」
 
 「はい・・!」
 
 (ありがとうございます、総司さん)
 
 癒された胸内で、そっと囁く。
 
 大丈夫だと
 きっとまた、抱きしめてくれる何度でも。
 
 
 繋がれた力強い手に引かれ。冬乃は一歩、踏み出した。


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