碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
384 / 472
壊劫の波間

46.

しおりを挟む
 「ええ。それと、お誘いに伺ったの」
 千代がそのままふわりと微笑む。冬乃はその笑顔を前に、胸奥を刺したままの悲しみを押しやり、
 「お誘い?」と首を傾げてみせた。
 
 「ええ先日ね、酒井様からまた御土産をいただいて、」
 千代が両手で大きく円を描き、こんなに一杯、と表現する。
 「酒井様が御友人にも、と仰ってくださってたから、もしよろしければ冬乃さんもいかが?」
 
 「あ」と千代が付け足した。
 「山菜よ。一足先に秋の味覚」
 
 「わあ・・っ」
 歓声をあげてしまった冬乃は、すぐ恥ずかしくなって口を噤む。
 「ね、素敵でしょ?」
 そんな冬乃をにこにこと千代が覗き込んできて。
 「でね、母と私で腕によりをかけてお料理するから、ご都合の良い日をいくつか教えてほしいの。酒井様もお呼びしたいと思ってて、日程の調整をさせていただくわ」
 「そんな・・いいのでしょうか」
 「だからお誘いしてるんですもの」
 
 冬乃は、もう喜んで受けることにした。
 
 (ええと、こういう時って何て言うんだっけ)
 ごしょうなんとかだったような。
 冬乃は唸りながら、その敬語が浮かばずじまいだったので、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
 
 「ふふ、楽しみだわ」
 千代が明るい声をあげる。
 「沖田様もご都合があえばお誘いしていいかしら。酒井様がお久しぶりに沖田様にお会いしたいって、先日仰ってたの」
 (あ・・)
 
 冬乃は顔を上げた。
 きっと千代と沖田が恋仲であったなら、沖田はこうして酒井とも、もっと交流があったはずなのだろう。
 
 「はい、声をおかけしてみます」
 冬乃は見えてきた幹部棟を眺め、ふと今なら沖田が居るのではないかと思い出す。
 「たぶん今いらっしゃいます、これから聞いてみましょう」
 「まあ、よかった!」
 千代の鈴声が返った。
 
 
 
 
 沖田と冬乃の予定を千代が持ち帰って後日、連絡を寄越してくれることになり。
 昼番に出る沖田と別れ、冬乃は今度は空になった近藤の膳を手に、千代を門まで送ってから、引き返す道中いまや雲ひとつない空を大きく仰いだ。
 
 千代の小さな後ろ背を見送っているとき零れそうになった涙は、近くに居る門番の手前、懸命に耐えた。
 この先、千代が少しずつ病魔に蝕まれてゆく姿を冬乃はただ見ていることしかできない。運命を知っていながら非力なままの己が、恨めしかった。
 
 
 これからは、だが千代だけではない、
 藤堂も、井上も山崎も、近藤も原田も、
 そして最後に沖田も。冬乃は、彼らの死を見届け見送らなくてはならないのだから、
 
 (強く、いなきゃ)
 
 見上げている空が滲んで、冬乃は唇を噛み締めた。
 
 (大丈夫・・・)
 覚悟ならできてる
 
 
 (そうでしょ・・?)
 
 だから大丈夫と、心に繰り返し言い聞かせる。頬を伝い落ちた涙を払い、冬乃は再び歩き始めた。
 
 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

処理中です...