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壊劫の波間
46.
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「ええ。それと、お誘いに伺ったの」
千代がそのままふわりと微笑む。冬乃はその笑顔を前に、胸奥を刺したままの悲しみを押しやり、
「お誘い?」と首を傾げてみせた。
「ええ先日ね、酒井様からまた御土産をいただいて、」
千代が両手で大きく円を描き、こんなに一杯、と表現する。
「酒井様が御友人にも、と仰ってくださってたから、もしよろしければ冬乃さんもいかが?」
「あ」と千代が付け足した。
「山菜よ。一足先に秋の味覚」
「わあ・・っ」
歓声をあげてしまった冬乃は、すぐ恥ずかしくなって口を噤む。
「ね、素敵でしょ?」
そんな冬乃をにこにこと千代が覗き込んできて。
「でね、母と私で腕によりをかけてお料理するから、ご都合の良い日をいくつか教えてほしいの。酒井様もお呼びしたいと思ってて、日程の調整をさせていただくわ」
「そんな・・いいのでしょうか」
「だからお誘いしてるんですもの」
冬乃は、もう喜んで受けることにした。
(ええと、こういう時って何て言うんだっけ)
ごしょうなんとかだったような。
冬乃は唸りながら、その敬語が浮かばずじまいだったので、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
「ふふ、楽しみだわ」
千代が明るい声をあげる。
「沖田様もご都合があえばお誘いしていいかしら。酒井様がお久しぶりに沖田様にお会いしたいって、先日仰ってたの」
(あ・・)
冬乃は顔を上げた。
きっと千代と沖田が恋仲であったなら、沖田はこうして酒井とも、もっと交流があったはずなのだろう。
「はい、声をおかけしてみます」
冬乃は見えてきた幹部棟を眺め、ふと今なら沖田が居るのではないかと思い出す。
「たぶん今いらっしゃいます、これから聞いてみましょう」
「まあ、よかった!」
千代の鈴声が返った。
沖田と冬乃の予定を千代が持ち帰って後日、連絡を寄越してくれることになり。
昼番に出る沖田と別れ、冬乃は今度は空になった近藤の膳を手に、千代を門まで送ってから、引き返す道中いまや雲ひとつない空を大きく仰いだ。
千代の小さな後ろ背を見送っているとき零れそうになった涙は、近くに居る門番の手前、懸命に耐えた。
この先、千代が少しずつ病魔に蝕まれてゆく姿を冬乃はただ見ていることしかできない。運命を知っていながら非力なままの己が、恨めしかった。
これからは、だが千代だけではない、
藤堂も、井上も山崎も、近藤も原田も、
そして最後に沖田も。冬乃は、彼らの死を見届け見送らなくてはならないのだから、
(強く、いなきゃ)
見上げている空が滲んで、冬乃は唇を噛み締めた。
(大丈夫・・・)
覚悟ならできてる
(そうでしょ・・?)
だから大丈夫と、心に繰り返し言い聞かせる。頬を伝い落ちた涙を払い、冬乃は再び歩き始めた。
千代がそのままふわりと微笑む。冬乃はその笑顔を前に、胸奥を刺したままの悲しみを押しやり、
「お誘い?」と首を傾げてみせた。
「ええ先日ね、酒井様からまた御土産をいただいて、」
千代が両手で大きく円を描き、こんなに一杯、と表現する。
「酒井様が御友人にも、と仰ってくださってたから、もしよろしければ冬乃さんもいかが?」
「あ」と千代が付け足した。
「山菜よ。一足先に秋の味覚」
「わあ・・っ」
歓声をあげてしまった冬乃は、すぐ恥ずかしくなって口を噤む。
「ね、素敵でしょ?」
そんな冬乃をにこにこと千代が覗き込んできて。
「でね、母と私で腕によりをかけてお料理するから、ご都合の良い日をいくつか教えてほしいの。酒井様もお呼びしたいと思ってて、日程の調整をさせていただくわ」
「そんな・・いいのでしょうか」
「だからお誘いしてるんですもの」
冬乃は、もう喜んで受けることにした。
(ええと、こういう時って何て言うんだっけ)
ごしょうなんとかだったような。
冬乃は唸りながら、その敬語が浮かばずじまいだったので、「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
「ふふ、楽しみだわ」
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「沖田様もご都合があえばお誘いしていいかしら。酒井様がお久しぶりに沖田様にお会いしたいって、先日仰ってたの」
(あ・・)
冬乃は顔を上げた。
きっと千代と沖田が恋仲であったなら、沖田はこうして酒井とも、もっと交流があったはずなのだろう。
「はい、声をおかけしてみます」
冬乃は見えてきた幹部棟を眺め、ふと今なら沖田が居るのではないかと思い出す。
「たぶん今いらっしゃいます、これから聞いてみましょう」
「まあ、よかった!」
千代の鈴声が返った。
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この先、千代が少しずつ病魔に蝕まれてゆく姿を冬乃はただ見ていることしかできない。運命を知っていながら非力なままの己が、恨めしかった。
これからは、だが千代だけではない、
藤堂も、井上も山崎も、近藤も原田も、
そして最後に沖田も。冬乃は、彼らの死を見届け見送らなくてはならないのだから、
(強く、いなきゃ)
見上げている空が滲んで、冬乃は唇を噛み締めた。
(大丈夫・・・)
覚悟ならできてる
(そうでしょ・・?)
だから大丈夫と、心に繰り返し言い聞かせる。頬を伝い落ちた涙を払い、冬乃は再び歩き始めた。
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