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壊劫の波間
44.
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冬乃の剣術を茂吉が知らないことを差し引いても、真剣に木刀では分が悪いことには違いない。
だが長脇差や匕首などの真剣を持ち歩くことには、なんと沖田が反対した。
冬乃の剣は、人体の急所を狙わない。
つまり殺さない剣、であって。
冬乃には人を殺す覚悟など、勿論無く。そして沖田のほうも、冬乃にそれを背負わせる気など無い。
これまでのように近藤や沖田が傍にいて護れる時ならばいい、
だが冬乃が一人でいる時に、その間合いの不利に加えて急所を外した闘いをするのでは、危険すぎるのだと。
(言われてみればそのとおりなんだよね・・)
今まで無事だったからといって、これからも上手くいくとは限らないのだ。
逆に木刀であれば、間合いの不利もなくなる上、冬乃も気兼ねなく相手の急所に叩きこめる。いや、多少の手加減は要するものの。
そして冬乃に宛がわれた木刀は、竹刀よりは若干重い程度で、長脇差にも慣れた今の冬乃になら十分に扱える軽量の物。
あとは木刀を損なわないよう気をつけさえすれば、隊士の応援が来るまでの時間稼ぎがずっと見込めるのだ。
尤も、茂吉にも言われたように、逃げることができそうならそれが最優先と、沖田にも散々言い含められている。
ちなみに木刀は片手持ちしている。
腰に差すことも考えたけれど、毎日男装できるだけの数の服は無いし、
かといって女の恰好のままで木刀を帯刀して歩いていては、侵入者の目にかえって悪目立ちしすぎるきらいがあると、冬乃は諦めた。
手に持っているだけならまだ、人から預かって一時的に持ち運んでいるあたりになんとか思われるはずだと。
片手が木刀で塞がっているのでもう片方の手だけで膳を持ちながら冬乃は、手伝おうかと聞いてくれた茂吉達に大丈夫ですと会釈をして厨房を出た。
右手に昼御膳、左手には木刀、の女中。
侵入者じゃなくても誰の目から見たって変な構図だが。
冬乃はあまり考えないようにして、足元に注意しながら歩を進める。
まさか警備を強化したばかりで再度侵入者に遭遇するとは思えないけども、万一遭遇してしまったら冬乃は御膳を投げ捨ててでもまずは逃げなくてはならない。
難儀である。
(そんなもったいないことしたくないから、侵入者ぜったい来ないで)
念じながら冬乃は、可能な限り足早に歩いた。
「・・・冬乃さん?」
遭遇したのは。
千代だった。
「こ。こんにちは、お千代さん」
ぴたりと立ち止まった冬乃に、千代が小首を傾げる。
「その木刀、どうしましたの」
「護身用・・です」
おもえば千代は何度も屯所に来ているおかげで、門番と顔見知りになっている。警備強化後もあっさり入ってこれたのだろう。
「護身用って・・屯所よ?」
当然、そんなふうに簡単に通された千代からすれば、屯所内外で厳重警備中とは露ほどにも思うまい。
「じつは先日、外部の侵入者が出て・・」
人質になったと言うと千代のことだから心配してしまうだろう。冬乃は適当に語尾を伸ばした。
「まあ大変」
驚いた声で、どうかお気をつけていてと眉尻を下げた千代は、それでもまだ少し不思議そうに目を瞬かせて。
「でも冬乃さん、剣術をなさるの?」
やはり尤もな質問が来た。
「少しだけ・・たしなむ程度です」
茂吉達に答えたような返事で苦笑いを隠す冬乃に、
「冬乃さんってほんとうに多才でいらっしゃるのね・・!」
なぜか感動し出した千代の、キラキラ輝く視線が向かってきた。
だが長脇差や匕首などの真剣を持ち歩くことには、なんと沖田が反対した。
冬乃の剣は、人体の急所を狙わない。
つまり殺さない剣、であって。
冬乃には人を殺す覚悟など、勿論無く。そして沖田のほうも、冬乃にそれを背負わせる気など無い。
これまでのように近藤や沖田が傍にいて護れる時ならばいい、
だが冬乃が一人でいる時に、その間合いの不利に加えて急所を外した闘いをするのでは、危険すぎるのだと。
(言われてみればそのとおりなんだよね・・)
今まで無事だったからといって、これからも上手くいくとは限らないのだ。
逆に木刀であれば、間合いの不利もなくなる上、冬乃も気兼ねなく相手の急所に叩きこめる。いや、多少の手加減は要するものの。
そして冬乃に宛がわれた木刀は、竹刀よりは若干重い程度で、長脇差にも慣れた今の冬乃になら十分に扱える軽量の物。
あとは木刀を損なわないよう気をつけさえすれば、隊士の応援が来るまでの時間稼ぎがずっと見込めるのだ。
尤も、茂吉にも言われたように、逃げることができそうならそれが最優先と、沖田にも散々言い含められている。
ちなみに木刀は片手持ちしている。
腰に差すことも考えたけれど、毎日男装できるだけの数の服は無いし、
かといって女の恰好のままで木刀を帯刀して歩いていては、侵入者の目にかえって悪目立ちしすぎるきらいがあると、冬乃は諦めた。
手に持っているだけならまだ、人から預かって一時的に持ち運んでいるあたりになんとか思われるはずだと。
片手が木刀で塞がっているのでもう片方の手だけで膳を持ちながら冬乃は、手伝おうかと聞いてくれた茂吉達に大丈夫ですと会釈をして厨房を出た。
右手に昼御膳、左手には木刀、の女中。
侵入者じゃなくても誰の目から見たって変な構図だが。
冬乃はあまり考えないようにして、足元に注意しながら歩を進める。
まさか警備を強化したばかりで再度侵入者に遭遇するとは思えないけども、万一遭遇してしまったら冬乃は御膳を投げ捨ててでもまずは逃げなくてはならない。
難儀である。
(そんなもったいないことしたくないから、侵入者ぜったい来ないで)
念じながら冬乃は、可能な限り足早に歩いた。
「・・・冬乃さん?」
遭遇したのは。
千代だった。
「こ。こんにちは、お千代さん」
ぴたりと立ち止まった冬乃に、千代が小首を傾げる。
「その木刀、どうしましたの」
「護身用・・です」
おもえば千代は何度も屯所に来ているおかげで、門番と顔見知りになっている。警備強化後もあっさり入ってこれたのだろう。
「護身用って・・屯所よ?」
当然、そんなふうに簡単に通された千代からすれば、屯所内外で厳重警備中とは露ほどにも思うまい。
「じつは先日、外部の侵入者が出て・・」
人質になったと言うと千代のことだから心配してしまうだろう。冬乃は適当に語尾を伸ばした。
「まあ大変」
驚いた声で、どうかお気をつけていてと眉尻を下げた千代は、それでもまだ少し不思議そうに目を瞬かせて。
「でも冬乃さん、剣術をなさるの?」
やはり尤もな質問が来た。
「少しだけ・・たしなむ程度です」
茂吉達に答えたような返事で苦笑いを隠す冬乃に、
「冬乃さんってほんとうに多才でいらっしゃるのね・・!」
なぜか感動し出した千代の、キラキラ輝く視線が向かってきた。
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