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壊劫の波間

33.

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 「そんなことないです」
 口奔るように返してしまいながら、昨日の映像が脳裏に続けてみるみる想い起されてゆく。
 これ以上熱くなる顔をとてもじゃないが見せていられなくなった冬乃は、慌てて沖田の片手から逃れて顔を背けた。
 
 
 大体。冬乃が沖田にならば何をされたって許してしまう、どころか時に悦んでしまう・・ことくらい、彼なら気づいていないはずがないだろうに。だから昨日だって、沖田の行為に冬乃が怒るわけがないのだ。
 それが少々、むりやりでも。
 
 むしろ冬乃はあの時、てごめにされているような、そんな“いけないこと” を他の誰でもない沖田からされているその状況に、胸を高鳴らせてしまった、
 だなんてことは絶対に口が裂けても言えないが、沖田ならそれすら、お見通しだったはずではないのかと。
 
 
 冬乃はもちろん怒ってもいなければ、もう剥れてさえいなかった。冬乃の今朝の『なんでもなくない』原因は、当然に全く別のところにある。
 
 かといって、
 怒ってない、と冬乃が真っ向から言葉にのせて否定すれば、あのときの冬乃の恥ずかしい心境を真っ向から声高に肯定することになってしまいそうで。
 だったら濁しておきたいと冬乃は切に願う。怒っているとまでは思ってほしくないけども、まだ剥れて拗ねているくらいにはしておきたいものである。
 
 
 「おうい、こんなとこで痴話喧嘩はじめるんじゃないぞー」
 
 井上の間延びした声が突然、冬乃の背後で響いた。
 
 冬乃は跳ねるように顔を上げて。これ幸いと、井上のほうへ顔半分で会釈を送ると沖田に背を向け、部屋へと逃げ戻った。
 
 
 
 
 ぱたぱたと駆けてゆく冬乃の小さな背に、沖田は本格的に溜息をついた。
 
 「なんだ、どうしたんだい珍しい」
 冬乃の雰囲気に井上は半分冗談で声を掛けたのだろうが、冬乃が去ってしまったので、まさか本当に喧嘩しているのかと井上は驚いたように目を瞬かせている。
 
 「いや、そういうんじゃないですよ」
 そういうんじゃないが。
 沖田は今一度溜息をついた。
 
 これは少々、対応の仕様がややこしそうだと。
 
 「ちょっと失礼します」
 沖田も井上に会釈すると、冬乃を追って彼女の部屋へと歩を向けた。
 

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