碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
371 / 472
壊劫の波間

33.

しおりを挟む

 「そんなことないです」
 口奔るように返してしまいながら、昨日の映像が脳裏に続けてみるみる想い起されてゆく。
 これ以上熱くなる顔をとてもじゃないが見せていられなくなった冬乃は、慌てて沖田の片手から逃れて顔を背けた。
 
 
 大体。冬乃が沖田にならば何をされたって許してしまう、どころか時に悦んでしまう・・ことくらい、彼なら気づいていないはずがないだろうに。だから昨日だって、沖田の行為に冬乃が怒るわけがないのだ。
 それが少々、むりやりでも。
 
 むしろ冬乃はあの時、てごめにされているような、そんな“いけないこと” を他の誰でもない沖田からされているその状況に、胸を高鳴らせてしまった、
 だなんてことは絶対に口が裂けても言えないが、沖田ならそれすら、お見通しだったはずではないのかと。
 
 
 冬乃はもちろん怒ってもいなければ、もう剥れてさえいなかった。冬乃の今朝の『なんでもなくない』原因は、当然に全く別のところにある。
 
 かといって、
 怒ってない、と冬乃が真っ向から言葉にのせて否定すれば、あのときの冬乃の恥ずかしい心境を真っ向から声高に肯定することになってしまいそうで。
 だったら濁しておきたいと冬乃は切に願う。怒っているとまでは思ってほしくないけども、まだ剥れて拗ねているくらいにはしておきたいものである。
 
 
 「おうい、こんなとこで痴話喧嘩はじめるんじゃないぞー」
 
 井上の間延びした声が突然、冬乃の背後で響いた。
 
 冬乃は跳ねるように顔を上げて。これ幸いと、井上のほうへ顔半分で会釈を送ると沖田に背を向け、部屋へと逃げ戻った。
 
 
 
 
 ぱたぱたと駆けてゆく冬乃の小さな背に、沖田は本格的に溜息をついた。
 
 「なんだ、どうしたんだい珍しい」
 冬乃の雰囲気に井上は半分冗談で声を掛けたのだろうが、冬乃が去ってしまったので、まさか本当に喧嘩しているのかと井上は驚いたように目を瞬かせている。
 
 「いや、そういうんじゃないですよ」
 そういうんじゃないが。
 沖田は今一度溜息をついた。
 
 これは少々、対応の仕様がややこしそうだと。
 
 「ちょっと失礼します」
 沖田も井上に会釈すると、冬乃を追って彼女の部屋へと歩を向けた。
 

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

婚約破棄の甘さ〜一晩の過ちを見逃さない王子様〜

岡暁舟
恋愛
それはちょっとした遊びでした

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

だってお義姉様が

砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。 ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると…… 他サイトでも掲載中。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

処理中です...