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壊劫の波間

23.

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 「それで薬も・・どうしてもお願いします・・」
 頭を上げながらの上目遣いになってしまいつつ、冬乃は重ねてお願いする。
 
 「・・・」
 「・・・」
 
 そうとう変な子だと思われているに違いない。とりあえずそれだけは分かる。
 冬乃は手に点滴スタンドと汗を共に握りながら、上げきった顔をまっすぐ統真に向けた。
 
 どうしても。
 どう思われようとも。遂行しなくてはならないのだから。
 
 
 痛み止め、それは妥協でしかないと最初は思った。だけど確かに、無理が叶って結核の薬を手に入れたとして、複雑な投薬を冬乃に正しく扱いきれたかやはり自信は無い。

 本来ならば検査を幾度も伴わせ、菌が薬に耐性をつけてしまっていないか細心の注意を払いながら、各種のアレルギーや副作用にも対応して慎重に治療してゆくもの。
 
 (それに・・)
 
 たとえ冬乃が治療に万一にも成功でき、千代の結核が治っても、彼女の死期を変えることはできない事に変わりはない。
 乱世とはいえ戦さに関わるような生活をしていない彼女に、他に起こりうる死が何なのか、冬乃には想定もできないものの、
 
 それが何らかの闘争に巻き込まれる死なのか、もしくは他の病気での死なのか、
 いずれにせよ彼女が死の運命を避けられない以上、
 
 それならば。現代医学の結晶ともいえる強力な鎮痛薬で、彼女が痛みに苦しまずに済む死を、初めから用意できるというのなら。
 
 (それも・・・きっと救うことのひとつになるのかもしれない・・)
 
 
 「冬乃さん?」
 
 無理に己に言い聞かせていたせいか、歯を食いしばっていた冬乃は、
 「・・あ」
 統真に覗きこまれて我に返った。
 
 「本当に、よほどの事情のようだね・・」
 
 ふっと、先ほど見たような苦笑が落とされた。仕方なさげに微笑う、その懐深く包みこむような、温かくもある表情は。
 
 (総司さん)
 
 やはり似ているのだ。
 冬乃は、とくんと鳴った胸音に小さく息をつく。
 
 「・・俺が行って説得しようか?」
 
 「え」
 予想もしなかった言葉を受けた冬乃は、次には瞠目した。
 
 「何か・・医者嫌いになる酷い事でもあったのだとしても、結核の疑いがあるのにそのまま治療もしないままでいけばいずれ死に至る可能性を、その人だって分かっているんだよね。だから貴女に薬をもらってくるように頼んだのかな」
 「は、はい」
 冬乃は慌てて頷く。
 
 「結核の治療薬を渡さないのは貴女の為でもある。素人治療で薬に耐性がついてしまった場合、その耐性をもった菌で周囲が感染すれば厄介なことになる。その人の傍に居るだろう貴女も危ない」
 (あ・・)
 「家族が医療ミスで亡くなり、医者を信用できなくなった人が、大病に罹っても頑として病院へ行かなかった話を人伝に聞いたことがある。命の選択にどうこう言うつもりも無い。ただ、もしそれが周囲へ感染させる病気である疑いがあるなら、やはり適切な治療を受けるべきだと俺は思う」
 
 「その人が誰とも会わず、家に籠りきりでいるならいいよ。もし病院へ来ないまま、それこそ最終手段として渡す痛み止めで凌いで死を迎えるなら、それはその人の選択の自由と言える。だけどもし過失であれ周囲へ感染させる行動をした場合には、もはや個人の自由とは言ってられなくなる。法的な責任にも問われるだろうね、・・まあこの話はおいといても」
 
 統真は今一度、冬乃を困ったような表情で見下ろした。
 「泣くほど貴女ひとりで抱えこむことはないよ。俺も協力するから」
 
 冬乃は頭を垂れた。
 「ありがとうございます・・」
 「痛み止めは渡すけど、さっきも言ったように病院へ来てもらう事を諦めないように」
 「はい・・」
 
 「本来こんな事自体してはならないから、俺から渡せる量は少しになるけどいいね」
 
 「あ・・の、どうか、もし病院へ最期まで来なかった場合を想定した量をください」
 
 
 「・・・」
 
 諦めないようにと言われたばかりでそんなお願いをしてのける己の神経の太さに、冬乃は我ながら呆れつつも。
 
 「さっきお伝えしたように、朝お会いした後に回収してくださっていいんです・・」
 
 「・・・それの意味が、本当に分からないんだけど」
 「すみません・・!でも、いったん可能な限りの量をください・・」
 
 「まさかと思うけど、何か悪用とかは考えていないよね?」
 「もちろんです!!」

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