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壊劫の波間

22.

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 「じゃあ行くよ」
 
 今度こそ去ろうとする統真を、冬乃ははっと見上げる。
 「待っ・・」
 
 まだ何かあるのかと振り返る統真の目には、慌ててベッドを降りようと動き出す冬乃が映り。
 
 「いまっ、その痛み止めをください!」
 
 必死な形相でスリッパをつっかけて点滴スタンドを掴む冬乃に、
 もはや統真は失笑しそうになってしまった。
 
 「そんなに慌てなくても、後でちゃんと渡すよ」
 「いえ!どうか今ください!いただくまでは統真さんから離れるわけには・・!」
 
 「・・。」
 
 統真の傍をテコでも動かぬ気迫を出す冬乃に、母犬が離れようとすると突進していく仔犬の姿が重なる。
 
 「だけど今から薬を取りに保管庫へ行くのは、ちょっと・・」
 「お・・お願いします・・!」
 「俺、ここの息子だからって好き勝手できるわけじゃないんだけど」
 「ごめんなさい、本当にごめんなさい・・・でも、急がなくてはいけないんです」
 
 統真のついに呆れたような表情を見上げながら冬乃のほうは、手に掴んだ点滴スタンドを進ませる。
 
 「本当にいろいろ勝手を言って申し訳ありません・・!」
 
 統真のすぐ前で、そして大きく腰を曲げて冬乃は頭を下げた。
 
 「これには深い事情があるんです・・!私は、薬を頂いたらそれを手にしたまま、統真さんからいったん離れます。・・次にお会いした時、たぶん倒れます、そしたらその薬は回収していただいて構いません。いま、その間だけでも、貸していただきたいんです・・・!」
 
 「ごめん、意味がわからない」
 
 「お、仰るとおりです、申し訳ありません・・!」
 冬乃はもう平謝りするしかない。
 
 だがタイムスリップの現象を説明すれば、今度は別種の精密検査に回されかねないだろう。
 いやそれは構わないが、只々冬乃は、信じてもらえるはずもない事を説明している時間すら惜しい、それが本音だった。
 
 急がなければ。そればかりが冬乃を突き動かしている。
 
 
 「もうひとつ、お願いがあります・・私が次に倒れた後は、暫く・・様子を見にいらしてくださらないで大丈夫です・・少なくても、一週間くらいは・・」
 
 「冬乃さん、」
 統真が宥めるような眼で冬乃を見据えた。
 
 「覚醒したばかりで、今は少し錯乱しているように思う。もうベッドに戻って、今夜はしっかり寝てほしい」
 「私なら大丈夫です、こんなの慣れてますからもう」
 
 「・・確かに慣れるほど倒れてるね」
 統真の溜息が再び続いた。
 「貴女の症状は色々と説明のつかないことが多い」
 
 「・・・」
 「じつは今夜調べようと思っていたのは貴女の発作についてでね・・。明朝には東京へ戻るから、続きは向こうですることになるけども」
 冬乃ははっと目を瞬かせた。
 「東京へ、ですか?」

 「そう。学会が今度はあっちであって、急に俺も駆り出されることになったんで」
 「此処へは暫く戻られないのですね?」
 「・・そうだけど」
 
 冬乃はひどく安堵した顔をしてしまっただろう。訝しんだ様子の統真に、冬乃は慌てて微笑んでみせる。
 「お薬を頂戴したら、おとなしく寝ます。そして朝、お見送りさせてください」
 
 「薬はどうとして、見送りなんか必要ないよ。出る前に一度様子を見に来るつもりでいるし」
 「ぜ、絶対お願いします・・!」
 
 冬乃はまたも大きく頭を下げた。
 忘れて東京へ帰られてしまったら、冬乃は大急ぎで彼を追わなくてはならなくなる。
 
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