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壊劫の波間
18.
しおりを挟む「冬乃さん・・」
千代の困ったような声が返った。
「そんなに心配してくださるのはありがたいわ。でもほんとうに・・看ないわけにはいかないの」
「ですがっ・・せめてお千代さんが完全に快復されてから・・」
千代は首を振った。
「あの患者さんはご家族にも会ってもらえなくて、か細い体でご自分では何もできなくなっているのに、面倒をみる人が誰もいないのよ・・一日も放っておけない」
悲しそうに溜息をつく千代に、
冬乃は、言葉を失い。千代がその清い菩薩のような微笑みで冬乃を見返してくるのへ、胸奥の動悸で息を震わせた。
(お千代さん)
もう、避けることはできないの
その運命を
(山南様の時と同じ・・・)
深く強い意志。己の信じたものを貫くその生き方は、
未来を知る冬乃にも、変えることなど叶わない。
「・・・わかりました」
冬乃は震える声を必死に抑えた。
「私の杞憂である可能性は、まだ残っていますから・・・それでも・・もし、もっと熱が出たり、喉がひどく腫れたり、・・そうやって悪化したら、やっぱりどうしても休んでいただきたいんです」
きっと、
「気をつけるわ。ありがとう」
冬乃の願いもむなしく、
千代は自分よりもずっと症状の重い、その労咳の患者を優先するのだろう。
「・・・そしてせめて以前にお伝えしたような事を守ってください・・」
「ええ、そうするわ。約束します」
千代が柔らかく微笑んだ。
「今日は来ていただいたのにごめんなさい。次こそはお出かけしましょう」
屯所への帰り道、冬乃は人目も憚らず、止まることのない涙を払い、
視界のぼやける道をもつれる足で歩み続けた。
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