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【 第三部 】 愛の記憶
7.
しおりを挟むこの散歩は、男装じゃないほうがよかったかもしれない。
今更、冬乃は溜息をついていた。
しとしと雨の続く路地。道ゆく人々に、沖田と冬乃“武士ふたり” は遠慮されるようにして道をあけられてゆく。
そんななか斜め前に沖田の背を見ながら冬乃は歩む。
この距離。
そう、すぐ手をのばせば触れられる距離にいながら、
届かない。
(だって武士どうしだから今は・・)
この時代、男性同士の恋愛自体は、珍しいことでも忌むべきものでも全く無く。
後継ぎを遺さなくてはならない側面などでは時に禁止されることもあったものの、社会一般的には認められており、
西洋の文化が入り込んで久しい平成の現代でのような、(今なお根深い)偏見には、当然に曝されてなどいない。
だからといって、いまここで手をつないで歩いたり、
どころか、あの時のように相合傘で抱き寄せられて歩いたり、
なんてことができるわけでもなく。
男女の組み合わせの時だって、それが人前で恥ずかしいのは同じだというのに、
武士同士なら、なおさらである。
(でもまだ男女のままのほうが・・)
せめてそっと手くらい繋げただろうに。
武士同士が人前で手をつないでいたら驚愕の事態だろう。
武士は忍ぶ恋こそ何たら、とさえいうではないか。
(て、それはちょっと意味ちがうか)
はあ。
そして冬乃は。何度目かの溜息をついた。
「・・・どうしたの」
(あ)
ついに沖田が振り返って苦笑し。そんなに声に出ていたのかと冬乃は赤面する。
「なんでも、ありません」
冬乃は大きな和傘の下、慌てて俯いた。
貴方にすこしでもふれていたい
この往来でそんな希望をぽんぽん言えるほど、俄かながらの武士らしさを放棄できる心持ちではない。
「なんでもないように見えない」
だが立ち止まっていた沖田が、次には近寄ってきて、
冬乃はすぐ前の地面に映りこんだ沖田の袴に、どきりと顔を上げた。
・・もう少し、嘘をつくのが上手になりたいものである。
冬乃は諦めて。弱く微笑んだ。
「お手を、つなぎたいのを我慢してます」
「はい」
あっさり。浅黒い大きな手が、目の前に差し出された。
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