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【 第三部 】 愛の記憶
5.
しおりを挟むこのところめっきり日中の蒸し暑さが増してきたというのに、梅雨明けまでは未だかかりそうな、なんとも折り合いの悪い季節を迎え。
一方で冬乃の恋わずらいはなんとか折り合いもついて、日常に酷い支障まではきたさず付き合ってゆけるようになってきた頃、
江戸から着物が届いた。
沖田との“外デート” に、そろそろ昼間のお高祖頭巾は辛くなっていた冬乃にとって、願ってもない贈りもので。
通常なら一月以上は優にかかる仕立てが、こんなに早く上がったのである。
真っ先に浮かんだお鈴と太兵衛の顔に、冬乃は男物づくりの見事な質感の着物を手に、心のなかで深々と頭を下げていた。
勿論、冬乃の想像のお鈴はつんとそっぽを向いていたけども。まあ当たらずといえども遠からずだろう。
そうして、霧のような雨の続く昼下がり。
着てごらんと早速沖田に促され、冬乃は部屋へいったん戻り、頭から爪先までの男装に嬉々として挑んだ。
結果は二度目だけに、良好。
「可愛い」
(・・・良好?)
男装したのに可愛いはどうなのかだが、沖田から見れば元々ほかに感想しようがないのだろうと。
本日非番の沖田の部屋にて、くるりと回転してみた冬乃は、ぴたりと止まりつつ思いなおす。
「一応、男性にみえますか・・?」
念のためはっきり聞いてみた冬乃に、沖田が微笑った。
「じっと見なければ、たぶん」
冬乃はひとまず胸を撫でおろした。
(傘さしてれば、よけい大丈夫だよね)
前回は若衆らしさを醸し出していた前髪が、今回は無い事が効いているはず。
冬乃はあれから前髪を伸ばしていた。そうしてこのたび晴れて前髪を全て上げることが叶い、沖田達のような総髪にできたのだ。いわゆるオールバックの長髪であり。
尤も、沖田の髪の長さはかろうじて後ろで結べる程度でしかないので、比べたら冬乃の場合はとんでもない長さだが。
「総司さん」
冬乃は沖田を見上げた。
(これからこのまま一緒に歩きたい・・)
沖田に歩調を気遣わせてしまうことなく。さくさくと一緒に散歩がしてみたい。
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