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うき世の楽園

241.

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 冬乃は、のぼせていた。
 
 過去最大級に。
 
 
 「すまないが冬乃さん、この書簡を」
 
 
 あれから、手とり指とり、・・・口とり。
 
 たっぷり教えられて新たな世界を知った冬乃は、
 しかもそのまま沖田に、我慢できなくなったと最後には押し倒され、
 
 
 「冬乃さん・・?」
 
 心も魂も。いや、きっと躰までも。
 もう今朝までのひとときに、完全に置いてきぼりのまま。
 
 今や、ぬけがらの冬乃になり。

 
 
 「冬乃さん、大丈夫か・・?」
 
 顔の前で手を振られて、冬乃ははっと目の前の近藤を見返した。
 
 「ご、ごめんなさいっ何でしたか?」
 
 
 少しだけ開けられたままの障子の向こうで、風さえ起こさぬ静かな雨が続いている。
 
 時おり軒先を弾く粒音以外にはその存在を主張せぬ薄灰色の外を背に、近藤が四角い顔を心配そうに悩ませた。
 
 「どこか具合が悪いのなら、今日は休んでくれていいんだ」
 「ちがいますっ」
 冬乃は、
 
 「大丈夫です元気です・・!」
 焦って返すも。
 
 嘘もいいところ。
 一寸先にはきっと、再びぬけがらになるだろう。
 
 「しかし・・」
 
 (ごめんなさい近藤様)
 
 
 恋の病、
 
 いうなれば、病気には違いない。
 両想いでも患うとは、知らなかったものの。
 
 
 「あの、もう一度ご指示くださいませんでしょうか。聞き逃して申し訳ありません」
 
 「・・では・・」
 困った様子のまま近藤が頷いた。
 
 
 
 
 そうこうするうち昼餉の時間になり。結局散々な己の仕事ぶりに落ち込みながら冬乃は、
 自分はまだやることがあるから昼食はお先にと勧めてきた近藤を残して広間へ向かう。
 
 しょんぼり廊下を歩んでいると、広間のほうから何やら歓声があがった。
 
 昼餉の用意でまだ使用人たちが往来しているさなかである。冬乃は何だろうかと、まもなく辿り着いた広間を覗きこんだ。
 
 (あ・・!) 
 広間の奥で歓談している隊士達の中に一瞬で愛しい姿を見つけて、冬乃の瞳は一気に輝いた。
 
 「組長、強すぎっすよ!」
 「碁まで強いって、どうなってんすかもうっ」
 「当然だろ、あのオニ副長に散々鍛えられりゃ」
 「え、副長仕込み!?」
 「そこ先、オニ否定するところ」
 「あ、すんませんっ」
 
 沖田と一番組の若い隊士たちが碁盤を囲んで爆笑し。
 そのさらに周りを残る一番組の隊士や、昼餉の時間でやってきた様子の他隊の隊士たちも囲んで笑っている。
 
 輪の中心に坐しながらも大柄な沖田は広間の入口からでもよく見えて、
 冬乃はつい立ち止まったまま、どきどきと見つめた。
 
 「飯にするか」
 その沖田が大きく伸びをするなり、解散を宣言し。
 
 一番組は夜まで非番だと、今朝沖田が言っていたことを冬乃は思い出す。
 きっと皆で稽古を終えた後、昼餉までに空いた時間で碁を始めたのだろう。
 
 次々と立ち上がる男達が、冬乃に気づいて会釈を送ってくれる中。
 勿論すでに気づいていたであろう沖田が、冬乃にその双眸を愛しげに合わせてまっすぐ向かってきた。
 
 (総司さ・・)
 ただ近づいてくるだけなのに。どんどん冬乃の鼓動は増してゆく。
 
 冬乃は入口で棒立ちしたまま、やがて目の前まで来た沖田を見上げた。
 
 
 心臓が激しすぎて苦しい。
 
 今朝まで一緒にいたのに、また逢えたことへの強烈な歓びでもう、冬乃は眩暈がして。
 
 「・・・重症だなこれは」
 
 「え」
 冬乃の恋わずらいを一瞬に見破られたのかと思いきや。
 
 「俺の冬乃わずらい、がね」
 
 ぼそりと沖田が呟いたので、
 冬乃は、びっくりして目を瞬かせた。
 
 
 
 
 
 
 今朝まで裸でいた彼女を目の前にし、いま此処がどこかなんぞ憚らず抱き包めたくなる衝動を、沖田は咄嗟に抑え込んでいた。
 
 まるで、何も纏わぬ彼女がそこにいるかのように。
 
 沖田は一瞬、まじまじと、冬乃が確かに服を着ていることを確認してしまった。
 
 「総司さ…」
 
 
 いや、重症なのは。
 
 (冬乃も、・・か)
 
 潤みきった瞳。
 また熱でもあるかのように紅く色づいた頬に濡れた唇、細ぎれの乱れた吐息。

 そして、ふらつくほど心もとないその立ち姿。
 
 閨からそのまま抜け出してきたかの、この状態で、まさか今まで仕事をしていたわけではあるまいに。
 
 「冬乃」
 
 沖田は。言い訳を得たことにし、
 危なっかしい冬乃の体を両手に支えた。
 「大丈夫か」
 同時に周りに聞こえぬよう彼女の耳元で囁けば、
 
 目に見えて更に発熱した顔が、慌てたように俯いた。





 (もう・だめ)
 
 沖田を目の前にした時から、体中で動悸まで始まって血が沸騰しそうなところに、さらに耳元で低く囁かれて、
 くらくらと、冬乃は支えられていなければ崩れ落ちただろうほど目の前が揺れて慌てた。

 咄嗟に、熱くなりすぎた顔を俯かせて隠したけども、きっとしっかり見られてしまっただろう。
 
 沖田は冬乃わずらいと言ってくれたが。
 冬乃の“沖田病” は絶対、その比じゃない。

 沖田に手を引かれながら、膳の前に無事に座ったものの、
 これは食事が喉を通らないことなど容易に予測出来て。
 
 (はあ・・・)
 
 冬乃は心中、盛大な溜息をついた。
 
 
  


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