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うき世の楽園
239.
しおりを挟むふたり初めて心の想いが通じ合えたあの日、沖田の想いが押し寄せるように伝わった深い口づけに、
冬乃はそのとき、
こんなにも深く気持ちをこめられた伝え方など、他にあるのだろうかと。そんなふうに考えたことを思い起していた。
あの口づけ以上に。
ことばでの叙情すら要さずに、伝えるすべが、
その答えが、
ここにあることを。
今ならわかる。
愛情を湛えた彼の強い想いは、この押し寄せる熱のように、冬乃の内へと流れ込んで。
「…っ…ん……っ…」
つと何度目かの力強い抱擁に冬乃は、乱れた息を圧し出した。
続いて幾つもの口づけが、降りそそぐにつれ、
いつしか力が入らずに沖田の背から滑り落ちて久しい冬乃の両腕を、沖田の熱い両の手がつたってゆき。
まもなく左右の布団へと指を絡めて押し付けられた掌を、冬乃は沖田の手のなかで弱く握りしめた。
「…ぁっ…んんっ…」
冬乃の躰を押さえ付けるその力強さとはうらはらに、ひどく気遣うようにゆっくりと、沖田が、冬乃の最奥までなぞり上げてゆく。
「っ…総……司、…さ…ん…っ…」
幾たびも。冬乃から零れ落ちる吐息が、追いつけないほど、鋭い熱で。冬乃のすべてを攫って。
心ごと、もう冬乃は激しい熱に覆われたまま、
そしてこの熱は最早、何の不安も寄せ付けずに。
「・・冬乃・・・ッ」
冬乃は揺れる視界に、やがて未だかつて見たこともない彼の表情を映した。
冬乃は、濡れた睫毛を震わせた刹那に、被さってくる彼の口づけに目を閉じて。
圧された涙が伝い落ちた。
只々愛しい想いが溢れて、あまりに果てのない幸福感に冬乃は溺れた。
互いの魂が、最も近づけるこのときを望みながら。それでも想像もしなかった、
こんなすべがあったことを。
こんなふうに、
彼の愛を、溢すことなく冬乃のすべてで受け止めることが、
愛しい想いを言の葉も要さずにこんなにも伝えあうことが。
できたなんて。
「・・冬乃」
涙がとまらない冬乃を。
未だ荒い息の中、沖田が心配そうに見下ろした。
冬乃は慌てて首を振ってみせた。
「幸せ、・・すぎて・・だから、っ・・です」
声にすれば嗚咽まじりになってしまいながら、懸命に伝えた冬乃は。
それから。冬乃の涙がやがて止まっても、
優しい深い抱擁に、長い間、包まれ続けていた。
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