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うき世の楽園
231.
しおりを挟む冷やしておいた旬の刺身、湯通しして温めた白飯、野菜の煮物と漬物各種、お吸い物。
そしてお燗した酒も。
茂吉から分けてもらって持ち込んだ食材で、即席の夕餉を準備しながら冬乃は、先ほどの湯舟での会話を想い起しては何度も手が止まっていた。
互いが互いの、最初の恋であり、最後の恋。
そう思い信じあうことのできる関係もまた、奇跡と呼べるのだろう。
一昨日よりも昨日、昨日よりも今日、こうしてまたひとつ積み重ねた幸せに、
だがもうあの時のような罪悪感が襲ってくることはない。
これ以上幸せになっていいはずがない、
あんな想いからは、解放されていることを。冬乃は改めて実感する。
(もう大丈夫・・)
いくらだってもう、幸せになっていい、
だから、
ずっと冬乃の待ち望んできたことが叶っても、いいのだと。
「お、うまそう」
膳に並べている冬乃の後ろから沖田が声をかけてきた。
風呂の掃除が終わって戻ってきたのだろう。
今日此処へ来るとき、今後専属の使用人でも雇おうかと沖田に確認された。冬乃はおもわず首を横に振っていた。どうしても食事は冬乃が作りたいのだ。そう伝えたら、
沖田があっさりと、ならば残る家の掃除ぐらいは己が担当する、と言ってきたのだった。
ちなみに洗濯は組に持ち帰って普段どおり、沖田は組の使用人に託し、冬乃は自分で洗っている。
(てか、)
家事を分担してくれるなんて。しかもこの時代の武士なのに。沖田の爪の垢を煎じて義父に飲ませてやりたいと冬乃は思ってしまう。
義父は母と共働きでありながら、家事の分担に積極的ではない。結局、掃除や洗濯を冬乃が行うことが多かった。
(・・・ああもう)
気分が悪くなる事を、いま沖田といる貴重な時間に思い出してしまったことが不覚で、冬乃は急いで脳内から追いやった。
「どうした?」
不機嫌になった冬乃を沖田が覗き込んで、冬乃は慌てて微笑む。
「なんでもありません」
それより、と用意した膳を手に取ってみせた。
「お食事にしましょう」
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