碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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うき世の楽園

228.

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 駕籠で乗りつけて、降り立った玄関からまっすぐに式台を上がる。
 客間を開け放てば、縁側の向こうは梅雨に濡れそぼつ枯山水。
 
 初めての日と同じように。
 背から抱きくるめる沖田の腕のなかで、冬乃は眼前の小宇宙に魅せられた。
 
 只あの日と違うのは、雨がしとやかに降りつづいて、いつにもましてこの空間がふたりだけの世界として隔絶されているかの錯覚に、
 引き込こまれることで。
 
 
 静やかに均一に奏でられる心地よい雨音と、強く優しい温もりに包まれ、
 恍惚と冬乃は、沖田を背後に見上げた。
 
 このままずっとふたりきりで、このうき世の楽園に居られたなら。
 この隔絶された世界に、
 
 
 (それなら本当に貴方をひとりじめできるのに)
 
 
 訴える眼差しを感じたのか、沖田が冬乃の額へ口づけると冬乃を抱く腕の力を強めた。
 
 「冬乃、」
 
 「やっと来れたね」
 (あ・・)
 どきりと冬乃は目を瞬かせた。
 
 「ようやくふたりきりになれた」
 
 
 同じことを、思っていてくれたのだと。冬乃は感激で震えた心に素直に従い、沖田の腕のなかで動いて彼へと向き直った。
 
 ねだるように見上げる冬乃を、優しい眼が見下ろす。彼の大きな手はそっと冬乃の首の後ろに添えられ。
 冬乃はうっとりと目を瞑った。
 
 
 「ン……」
 
 庭石を打つ時おりの雫の音さえ、聞こえなくなった頃、ふたりの息遣いだけが冬乃の朦朧とする意識の内にまで届いて、
 あとは常のように、まるですべての感覚が彼へと向かいゆくさなか、
 
 不意にがしりと腰元を支えられ。冬乃は、瞼を擡げた。
 
 (・・あ)
 ぐらりと冬乃が大きくふらついたところを、支えられたのだと、すぐに気づいて。
 
 (総司さん)
 今ので解放された唇から浅く吐息を零し、未だ重たい睫毛をひと扇ぎした冬乃を、
 見下ろしてきた沖田の眼は。
 冬乃のからだの芯を灯らせる、あの深い熱を宿す眼で。
 
 とくとくと打つ鼓動を胸に冬乃は、彼のその眼に、またいつかのように捕らわれたまま逸らせずに。
 「総司…さん…」
 浅いままの呼吸に唇を震わせた。
 「まだ…」
 
 してて
 
 囁きかけた言葉ごと、次には塞がれ。
 目を閉じた刹那ふたたび襲った身のふらつきに、冬乃は咄嗟に、閉ざした視界のまま沖田の襟を掴んだ。
 同時に、
 挿しこまれる舌を感じ。
 
 「ン…ッ」
 冬乃の歯列が開かれ、奥へと。
 口内を侵す沖田の、舌の先が冬乃の先へと触れた。
 
 「っ…ふ、…」
 
 絡められた舌に、すべての感覚までもがまた捕らわれてゆくかのようで。冬乃はくらくらと、
 呼吸の追いつかない胸で喘ぎながら、体じゅうから力が抜けてゆく感に、おもわず手の内の襟を慌てて握りこんで。
 
 応えるように、冬乃の腰を抱き寄せた力強い腕が、
 やがてそのまま下ってゆき、
 あっと気づいた時には冬乃は、彼の両腕に抱き上げられた。
 
 唇が離されても、はあはあと乱れた呼吸のまま、冬乃はうっすら目を開ける。
 
 互いの舌先をつたう水糸が、途切れぬうちに今一度ふわりと口づけられ。
 「んっ…」
 ぎゅ、と次いで抱き締められた冬乃は。
 
 「風呂を沸かす間、いいことしてようか」
 
 どこか悪戯っぽく耳元で囁かれたその言葉を、
 (・・・?)
 沖田の腕の上で。夢うつつに聞いた。



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