319 / 472
うき世の楽園
228.
しおりを挟む駕籠で乗りつけて、降り立った玄関からまっすぐに式台を上がる。
客間を開け放てば、縁側の向こうは梅雨に濡れそぼつ枯山水。
初めての日と同じように。
背から抱きくるめる沖田の腕のなかで、冬乃は眼前の小宇宙に魅せられた。
只あの日と違うのは、雨がしとやかに降りつづいて、いつにもましてこの空間がふたりだけの世界として隔絶されているかの錯覚に、
引き込こまれることで。
静やかに均一に奏でられる心地よい雨音と、強く優しい温もりに包まれ、
恍惚と冬乃は、沖田を背後に見上げた。
このままずっとふたりきりで、このうき世の楽園に居られたなら。
この隔絶された世界に、
(それなら本当に貴方をひとりじめできるのに)
訴える眼差しを感じたのか、沖田が冬乃の額へ口づけると冬乃を抱く腕の力を強めた。
「冬乃、」
「やっと来れたね」
(あ・・)
どきりと冬乃は目を瞬かせた。
「ようやくふたりきりになれた」
同じことを、思っていてくれたのだと。冬乃は感激で震えた心に素直に従い、沖田の腕のなかで動いて彼へと向き直った。
ねだるように見上げる冬乃を、優しい眼が見下ろす。彼の大きな手はそっと冬乃の首の後ろに添えられ。
冬乃はうっとりと目を瞑った。
「ン……」
庭石を打つ時おりの雫の音さえ、聞こえなくなった頃、ふたりの息遣いだけが冬乃の朦朧とする意識の内にまで届いて、
あとは常のように、まるですべての感覚が彼へと向かいゆくさなか、
不意にがしりと腰元を支えられ。冬乃は、瞼を擡げた。
(・・あ)
ぐらりと冬乃が大きくふらついたところを、支えられたのだと、すぐに気づいて。
(総司さん)
今ので解放された唇から浅く吐息を零し、未だ重たい睫毛をひと扇ぎした冬乃を、
見下ろしてきた沖田の眼は。
冬乃のからだの芯を灯らせる、あの深い熱を宿す眼で。
とくとくと打つ鼓動を胸に冬乃は、彼のその眼に、またいつかのように捕らわれたまま逸らせずに。
「総司…さん…」
浅いままの呼吸に唇を震わせた。
「まだ…」
してて
囁きかけた言葉ごと、次には塞がれ。
目を閉じた刹那ふたたび襲った身のふらつきに、冬乃は咄嗟に、閉ざした視界のまま沖田の襟を掴んだ。
同時に、
挿しこまれる舌を感じ。
「ン…ッ」
冬乃の歯列が開かれ、奥へと。
口内を侵す沖田の、舌の先が冬乃の先へと触れた。
「っ…ふ、…」
絡められた舌に、すべての感覚までもがまた捕らわれてゆくかのようで。冬乃はくらくらと、
呼吸の追いつかない胸で喘ぎながら、体じゅうから力が抜けてゆく感に、おもわず手の内の襟を慌てて握りこんで。
応えるように、冬乃の腰を抱き寄せた力強い腕が、
やがてそのまま下ってゆき、
あっと気づいた時には冬乃は、彼の両腕に抱き上げられた。
唇が離されても、はあはあと乱れた呼吸のまま、冬乃はうっすら目を開ける。
互いの舌先をつたう水糸が、途切れぬうちに今一度ふわりと口づけられ。
「んっ…」
ぎゅ、と次いで抱き締められた冬乃は。
「風呂を沸かす間、いいことしてようか」
どこか悪戯っぽく耳元で囁かれたその言葉を、
(・・・?)
沖田の腕の上で。夢うつつに聞いた。
0
お気に入りに追加
926
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる