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うき世の楽園
226.
しおりを挟む(総司さんの?・・)
漸く夜番勤務から解放された沖田と、今夜、久しぶりに一緒に過ごすことができる。
朝餉の席で顔を合わせた沖田に、今夜は家へ帰ろうと告げられてからのち、
現在、近藤の部屋で仕事中ながら舞い上がったままの冬乃の、目にふと映った物は、黒地に紺桔梗の下げ緒だった。
紫系の配色がある物をみると、つい沖田のではないかと思ってしまう。紫は沖田がよく使う色だった。これがまたよく似合っているものだから、冬乃はいつしか紫色まで愛するようになっている。
今しがた近藤が開けたばかりの障子の向こう、縁側に無造作に置かれている荷物の上の、その下げ緒を、冬乃はつい手を止めてじっと見つめた。
沖田は幾本もの下げ緒を所持している。そのうちの一つなのだろうか。
尤も、下げ緒には単一の黒が多かったように記憶している。召捕る際の縛り紐としてもよく使うために、血に染まっても構わないようにだろうかと、冬乃は想像していた。
「・・近藤様」
結局。
冬乃は気になりすぎて、尋ねた。
「あちらにある下げ緒は・・・」
「ああ、」
縁側に佇んで、今日も続く雨を眺めていた近藤が、冬乃の問いに促されて下げ緒のほうを見やった。
「総司への贈り物だ、私や総司が世話になっている刀屋の娘さんから、総司へ是非にと預かってね」
「あ、いや、」
固まった冬乃に、近藤が慌てたように言い足した。
「たまたま、総司が好きそうな色の下げ緒が手に入ったからとの事だから、他意は無いはずだよ」
(・・・総司さんの好きな色をちゃんと分かっているひと・・)
「総司なら、」
だいぶ涙目になった冬乃に、今ので冬乃の心境を却って悪化させたことには気づいていないらしい近藤が話を続ける。
「貴女ひとすじだから、何も心配しなくていいんだ。総司の、あの娘さんに対する態度も前々からひどく他人行儀だし、こう、にこにこ話してはいるんだが、うまく距離を置いているというかね。だから、何か貴女の心配するようなことはまず無いよ」
気づいていなかった様子のわりには結局、的確な言葉を投げてくれて、だいぶ心境が改善した冬乃は近藤の気遣いに小さく会釈で返した。
近藤がほっとしたように微笑む。
「・・ところで貴女なら御存知かもしれないが、」
と、そしてどこか図ったように話題転換をした。
「古来、我々武士は、下げ緒の色を身分相応に控えなくてはならない。総司への贈り物のこの色組は、どこぞの御家中にいる身ではない我々だからこそ出来るものでもある。・・もっとも、大樹公の緋色だけはさすがに避けるが」
(え)
「いえ、存知ませんでした。そうなんですか・・」
近藤は大きく頷いた。
「ただ、たとえば会津様のお屋敷へ出向く際には浅黄を締める、というように、その御家中のしきたりになるべく合わせた配慮はしているよ」
(あ・・)
だから時々、近藤も沖田も、普段とは異なる色の下げ緒を帯びている時があるのだと、冬乃は納得して。
「貴女も、いずれ総司の妻となる身。これらはぜひ知っておいてくれ」
それから暫く。
冬乃の頭の中は、総司の妻。
の響きで埋め尽くされた。
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