碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
314 / 472
うき世の楽園

223.

しおりを挟む

 仕立て上がったら、江戸から特急の飛脚で送ってもらえるそうで。
 なんだかんだ、届くのが楽しみになった冬乃は、応接間の外まで呼びつけた駕籠に乗り込んで旅籠へ帰ってゆく二人を沖田と共に見送りながら、
 それでも一方で未だ燻り続けている胸内に、小さく溜息をついた。
 
 忙しい沖田なのに、冬乃が採寸を受けている間そばにずっと居てくれたことも、思い返せば彼の愛情ゆえで。
 
 「冬乃、」
 今だって。こんなに優しい声で、呼んでくれるのに。
 
 「どうしたの」
 覗き込まれて冬乃は、おもわず顔を背けていた。
 
 
 「・・・」
 こんな態度をしていてはだめだと。
 
 一呼吸のち、冬乃は意を決して顔を上げた。
 
 
 「総司さんの・・に居れるのは、私だけじゃないんですか」
 
 「え?」
 だが声が途中で小さくなってしまった冬乃に、沖田が聞き返し。
 
 「何て言った」
 冬乃は、
 
 今一度、意を決し。
 
 「・・総司さんの」
 
 ぽす、
 
 と。
 彼の広い胸へと、身を預けて。
 
 「冬乃」
 落ちてきた驚いた声を、寄せた頬にも感じながら、
 
 「・・ここ、は」
 
 沖田の襟元を握り締めた。
 
 
 「私だけの場所に、・・したいんです」
 
 
 この場所を
 誰か、
 他の人にとられたくない
 
 
 顔を上げた冬乃の頬は、剥れていたに違いなく。
 
 間近に見下ろしてきた沖田の目が一瞬、見開かれた。
 
 
 「・・もしかして、怒ったの」
 
 愛しげに微笑うような、その声の次に、落ちてきたのは。額への口づけで。
 
 冬乃はなんだか、懐柔されているような気分になって。
 「・・べつに怒ってません」
 
 「嘘。怒ってたよね・・」
 「怒ってません」
 「本当に」
 「怒ってません」
 
 むきになっていた。

 「そんな拗ねた顔して?」
 「拗ねてません」

 あげく何故か嬉しそうな沖田に、冬乃はよけいに剥れる。
 おかげでもう、見るからに、
 「・・拗ねてる」
 が。
 「拗ねてません」
 
 
 「抱き合ったままで、なんの言い合いしてんだよ」
 
 「・・。」
 
 背後からの、呆れかえった土方の声に。冬乃は黙った。
 いつのまに来たのか。
 
 「例の女は帰ったのか?・・・て、おまえら早く離れろよ」
 
 沖田の腕のなかに留まっている冬乃は、今ばかりはどうしても離れたくなかった。たとえ土方がいても、こんな青空の下でも。
 
 ぎゅっと目のまえの襟をいっそう握りしめて、再び顔をうずめた冬乃に、
 沖田が心得たとばかりに、冬乃の背に回した腕を強めてくれる。
 
 「・・・オイ」
 
 完全に無視された土方が、不穏な声を発した。
 
 「いま取り込み中です。御用は後でお伺いしますので」
 沖田の恒例の飄々とした返しを聞きながら、
 
 「冬乃、」
 「オイコラ」
 土方の恒例の怒り声を背後に聞きながら。
 
 冬乃を抱きしめる腕を少し緩めて覗き込んできた沖田へと、ふたたび顔を上げた冬乃へ。
 
 「ごめんね、悪かった。俺の“ここ” には貴女だけだ」
 
 ――総司さんのここに居れるのは、私だけじゃないんですか
 先の問いかけへの答えが、返ってきて。
 
 
 「私は・・総司さんをひとりじめしてもいいのですか」
 「あたりまえ」
 「じゃあ、ひとりじめできなかったときは、怒ってもいいのですか」
 「当然」
 
 「・・これからは、」
 
 冬乃は、感涙で滲んだ瞳に。己を只々愛しそうに見つめてくれる沖田を映した。
 
 「ここ、に居ていいのは。私だけにしてくださいますか」
 
 「約束する」
 
 今度は唇へ落ちてきた、その誓いのことばに。冬乃は深い安堵に包まれ。この、自分だけに許された居場所で、そっと目を瞑った。
 
 
 冬乃が、
 沖田の女であるように。
 
 彼は。
 
 
 (私の・・・・)
 
 
 
 幸福感のなか、冬乃はやがて離された唇を追うように、うっとりと瞼を擡げた。
 
 
 
 
 「・・・てめえら、いいかげんにしやがれ」
 
 土方の呻き声がした。


しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

勝手にしなさいよ

恋愛
どうせ将来、婚約破棄されると分かりきってる相手と婚約するなんて真っ平ごめんです!でも、相手は王族なので公爵家から破棄は出来ないのです。なら、徹底的に避けるのみ。と思っていた悪役令嬢予定のヴァイオレットだが……

記憶がないなら私は……

しがと
恋愛
ずっと好きでようやく付き合えた彼が記憶を無くしてしまった。しかも私のことだけ。そして彼は以前好きだった女性に私の目の前で抱きついてしまう。もう諦めなければいけない、と彼のことを忘れる決意をしたが……。  *全4話

あなたへの恋心を消し去りました

恋愛
 私には両親に決められた素敵な婚約者がいる。  私は彼のことが大好き。少し顔を見るだけで幸せな気持ちになる。  だけど、彼には私の気持ちが重いみたい。  今、彼には憧れの人がいる。その人は大人びた雰囲気をもつ二つ上の先輩。  彼は心は自由でいたい言っていた。  その女性と話す時、私には見せない楽しそうな笑顔を向ける貴方を見て、胸が張り裂けそうになる。  友人たちは言う。お互いに干渉しない割り切った夫婦のほうが気が楽だって……。  だから私は彼が自由になれるように、魔女にこの激しい気持ちを封印してもらったの。 ※このお話はハッピーエンドではありません。 ※短いお話でサクサクと進めたいと思います。

処理中です...