碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
310 / 472
うき世の楽園

219.

しおりを挟む
 
 「お、冬乃さん、どうしたよ?」
 
 道場の開け放たれた戸口に立っている永倉が、冬乃にすぐに気がついて顔を向けた。
 
 「総司さんに来客が・・」
 冬乃は会釈しつつ、口奔る。
 
 「総司に来客?」
 
 突然背後から聞こえた近藤の声に、冬乃は驚いて振り返った。
 さらに驚いたことには、近藤の隣に稽古着姿の土方がいる。
 
 「土方さんじゃねえか!その恰好、久しぶりに見るな・・っ」
 永倉も驚いた様子で、冬乃の後ろで声をあげた。
 
 うるせえよ、と言いたげに土方がそっぽを向く横で、
 「総司に来客とは?」と近藤が冬乃に説明を促す。
 
 「詳しくは私も・・、総司さんが以前に町で助けた女性とそのお供の方とのことです、御礼にいらしたようで・・」
 
 冬乃の答えに。まさに三者三様、永倉は興味深そうに身を乗り出し、近藤は感心したような顔になり、
 土方は。
 
 「・・・クセのありそうな女だな」
 
 眉を顰め。持ち前の勘で、見事に言い当てた。
 
 「わざわざ礼に来たなら、義理堅い良い女性じゃないか」
 土方の物言いに、近藤が苦笑で返すも。
 
 「いや、そうはいってもこっちは新選組の荒くれ集う男所帯だぜ、」
 永倉がにやりと哂う。
 「女の身で礼をしてくるなら、文かせいぜい贈り物じゃねえか。俺だってこれまで助けたなかで、訪ねて来る肝っ玉のあるのはさすがにいなかったぜ。変わった女なのは確かだ」
 
 「ようするに総司に惚れたんだろ」
 土方が言いきって、フッと鼻を鳴らした。
 
 (だよね、やっぱり・・)
 
 「おめえも馬鹿だな、ンなもん門前払いしてやりゃあ良かったじゃねえか」
 
 冬乃は返事の代わりに、どうしようもなさげに眉尻を下げてみせる。
 
 「で、今は応接間か?」
 土方の追わせてきた問いに、冬乃はハイと頷いた。
 
 「向こうで総司が今も稽古つけてるってこたア、つまりその女は総司に先に知らせもせず、突然来たってことだろ。待たせとけ」
 (え)
 
 言うなり、話は終わったとばかりに道場へ上がってゆく土方の背を見上げて、冬乃は困惑のままにおもわず近藤を見た。
 近藤が視線を受けて、冬乃に同じく困った様子で微笑いを返し。
 
 「まあ、歳の言うことも尤もだ。総司が稽古を終えるまでは、その方には待ってていただこう。貴女もまだ茂吉さんの所から戻って休憩を取っていないんじゃないか?自室でゆっくりしていてくれ」
 
 冬乃は近藤の優しいはからいに頭を下げつつも、
 本当に取り次いでくれたのかと疑って怒りだしそうな彼女を想像し、ますます眉尻を下げる。
 
 「沖田が稽古終えたら、俺のほうから伝えとくよ」
 その言葉に顔を上げた冬乃に、永倉がにかっと笑った。
 
 
 
 遅くなる旨くらいは伝えねばと、冬乃は茶を用意して、応接間に戻った。
 
 「あんた、ほんとに取り次いでくれたの?」
 
 沖田はまだ手が離せないと、冬乃が伝えてすぐ、疑惑の眼差しを飛ばしてきたお鈴に。
 冬乃はやっぱり、と嘆息する。
 
 「はい、・・どうかお待ちください」
 「信じて大丈夫かしら」
 
 どうも疑ったままの彼女に、冬乃はどうしたものかと押し黙った時。
 「だって、あんた沖田様と私を会わせたくなさそうだもの」
 的確な矢が、冬乃に命中した。
 
 (バレてるし・・・)
 
 「そんなことアリマセン」
 冬乃は懸命に平静を装うも、これもばればれだろう。
 
 「あんたどうせ沖田様に懸想でもしてるんでしょ」
 
 やはり、完全に暴かれている。
 
 「よくそんなみすぼらしい恰好して、好きな男の周りにいられるわね、ありえないわ」
 
 「お嬢様、はしたないですからもう御止めに」
 「おまえは一々うるさいっての!」
 
 (もうやだこのひと)
 
 冬乃は逃げ出すことにした。「それでは失礼します」と茶を運んできた盆を手に取り、立ち上がるなり回れ右をし。
 
 「待ちなさいよ、話はまだっ・・」
 
 
 待たずに。
 小走りに逃げきった。
 
 

しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

悪役令嬢が美形すぎるせいで話が進まない

陽炎氷柱
恋愛
「傾国の美女になってしまったんだが」 デブス系悪役令嬢に生まれた私は、とにかく美しい悪の華になろうとがんばった。賢くて美しい令嬢なら、だとえ断罪されてもまだ未来がある。 そう思って、前世の知識を活用してダイエットに励んだのだが。 いつの間にかパトロンが大量発生していた。 ところでヒロインさん、そんなにハンカチを強く嚙んだら歯並びが悪くなりますよ?

さよなら私の愛しい人

ペン子
恋愛
由緒正しき大店の一人娘ミラは、結婚して3年となる夫エドモンに毛嫌いされている。二人は親によって決められた政略結婚だったが、ミラは彼を愛してしまったのだ。邪険に扱われる事に慣れてしまったある日、エドモンの口にした一言によって、崩壊寸前の心はいとも簡単に砕け散った。「お前のような役立たずは、死んでしまえ」そしてミラは、自らの最期に向けて動き出していく。 ※5月30日無事完結しました。応援ありがとうございます! ※小説家になろう様にも別名義で掲載してます。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...