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うき世の楽園
217.
しおりを挟む(この人、総司さんの知り合い・・?)
「あの、何か面会のお約束が、おありですか?」
「・・無いわよ」
「では伝えてまいりますので、御名前を教えていただ」
「貴女に言ったってしょうがないでしょ」
いや、
「・・御名前も伺わずにとなると、」
こんな人が、彼の知り合いとは思いたくない。
冬乃は内心嘆息する。
「沖田様はお忙しい方ですから、せめて御用だけでも先にお伺」
「だから、あんたにいちいち言いたくないっての!」
またも遮られたうえに怒声まで浴びせられ、冬乃は同じ土俵まで下りて怒鳴り返したい想いを咄嗟に押しとどめた。
「“普通に” お取次ぎさせて下さらないのでしたら、申し訳ありませんが私にできることはありません」
「あんた・・っ」
「お嬢様」
不意に、彼女の叫ぶ声に重なり男の声がした。今までどこにいたのか門の陰から男が出てきて。
驚く冬乃に、男は会釈をすると、遠慮がちに歩んできた、
直後に男は彼女のほうへ、心底困っているような顔を向けた。
「やはり諦めてはいただけませんか」
「再三、お文を差し上げても沖田様からは辞退すると返されてきましたのでしょう、それをいきなりこうして訪ねては不躾にも程がありましょう。私はお嬢様がこんなことをして、旦那様に後で気づかれやしないかともう」
「うるさいわ、お黙り!」
「御前様も、とんだ御無礼をお許しください」
男はめげる様子なく今度は、唖然としている冬乃のほうを向いた。
「彼女はお鈴、手前は太兵衛と申します。私どもは江戸でちょっとした商いをしておりまして、このたび京には休暇に参っております。先日、こちらの沖田様に、町中で助けていただきました」
そう言って慇懃に礼をする男の物腰を見るに、“お嬢様” のほうの態度はどうとしても、それなりに格式のある豪商の人間なのだろうと、冬乃は想像して。
彼女は勿論のこと男の着ているものも上質そうだ。それがゆえに彼らが町で、たかりの不逞浪士か何かに襲われたところを居合わせた沖田が助けたのだろうか。
(再三、手紙を出しても辞退されたって・・・)
男のその台詞からすると、彼女は沖田に手紙を何度も出していたのだ、改めて御礼をしたいという内容か、それとも、それだけでなく他にも・・
「・・そういう事でしたら、沖田様へ伝えてまいります。ここでお待ちいただくのも何なので、どうぞこちらへ」
冬乃は二人へ愛想笑いを向けた。
フンと彼女は顔を背け。男のほうが申し訳なさそうに再び頭を下げてきた。
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