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うき世の楽園
215.
しおりを挟むピンクのとげとげの生物が、薬草をぐるぐるに巻いて武装した兵士たちから一目散に逃げ去る夢をみた。
(・・・なに今の)
起き上がると同時に咳にみまわれ、治まってからも暫く夢の残像にぽかんとしていた冬乃だったが。
やがて、もうさすがに今度は明るくはない薄闇の外へと、おもむろに視線を流した。
障子で区切られた長方形の景色の中、澄んだ紺色の空が映る。
(総司さんは・・)
千代が帰ってからいつのまにかまた寝ついていた冬乃は、更なる体調の快復を実感しながら、不在の沖田のゆくえを想像した。
きっと夕餉の時間が近いはずだ、冬乃の膳を取りに行ってくれているのではないか。まもなくそう思い至った冬乃は、
嬉しい気持ちと同時に、今日は本当ならこの時分すでに沖田と飲みに出かけていたのにとも思えば、小さく溜息が漏れる。
(早く、良くなりますように)
そんな冬乃の祈りが、奇跡の神様に届いたのか。
いや、沖田の献身的な看病が一番効いたことは確かで。
三日三晩、沖田の部屋で、彼の腕のなかで。ぐっすりと寝ては食べてを繰り返して過ごした至福の、じゃない、闘病の、日々を経て冬乃はついに全快を果たしたのだった。
(・・それにしても)
過去に罹ったインフルエンザでは熱が引くのも全快するのにも、もっとずっと長い時間を要した記憶があるのに、今回四日目にはこうして元気になっている自分に、冬乃は本当に驚いてはいて。
(やっぱこれもきっと奇跡って呼べるよね・・)
それに何より。
この三日間の沖田の、冬乃への甘やかし様たるや。
想い起しても冬乃は、顔がにやけてきてしまう。
何を頼んでも本当にすべてを聞き入れてくれたのだから。
この三日のおかげで冬乃は、わがままを沖田に伝えることにすっかり慣れたように思う。
もとい、そのどれもで冬乃の期待以上の姫扱いが待っていた。
たとえば熱が引いたのでお風呂に入りたい、と伝えれば、まさに文字通りおんぶにだっこで連れていかれ、温かな湯気に包まれる中で懇切丁寧に全身を洗ってもらえて、
(“不健全” なこともしなかった・・)
それに関してはちょっとだけ残念に思っていた冬乃もいたものの。とにかくも、浴槽へも沖田の腕に抱き上げられて一緒に入り、出る時もそのまま脱衣所までその状態で運ばれ、
降ろされるとすぐ全身を沖田が拭いてくれて。つまり思い返せば冬乃は、ほとんど手足を自ら動かした覚えが無い。
沖田曰く、冬乃が動いて疲れてしまわないため、だそうだ。
おかげで手足のかわりに顔の筋肉が下がったり慌てて引き上げたりで忙しかったようには思う。
「・・・冬乃ちゃん、」
そんなこんなで幸せをたっぷり堪能して病み抜けた冬乃は、今も。
「顔が惚けてるよ・・・熱じゃないよね?ほんとにもう大丈夫なんだよね?」
思い出し笑いならぬ、思い出しにやけに見舞われている。
「だいじょうぶですっ」
急いで冬乃は再び顔を引き締めた。
尚も心配そうな目の前の藤堂に、そしてぺこりと頭を下げる。
「おかげさまですっかり良くなりました・・!有難うございました!」
「ほんとに良くなったならいいけど・・、まだ油断しちゃだめだよ」
「はい!」
食事の広間の前でそんな会話を終えて、冬乃と藤堂は別れた。昼番のため藤堂は早めの昼食をとっていて、すでに広間から出てきたところだったのだ。
沖田は先ほど近藤の用事に付き添い、外出したばかりで。外出の前に冬乃の部屋へ荷物を戻してくれた沖田を見送って冬乃は、着替えを済ませて広間へ来た。
久しぶりに皆の顔を見渡したのち、一人もくもくと食べているとやはり今朝までの日々をどうしても想い起してしまう。
(総司さん、本当にありがとうございます)
とうに返し尽くせる日なんて来ないと諦めている恩だけど。できるかぎりに返していけたらと、緩んだ頬肉を再び引き上げながら、冬乃はあらためて胸に誓う。
やがて食事を終えた冬乃は、茂吉たちへの恩返しもまた胸に、厨房へと向かった。
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