碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

文字の大きさ
上 下
294 / 472
うき世の楽園

203.

しおりを挟む

 剣を扱う、分厚く硬い掌の感触が。それでいて今、壊れものでも扱うように驚くほど優しく、冬乃の背をゆっくりと撫でおりて。追うように、ふたたび掛けられてゆく温かな湯は、瞼を閉じていてもほんのり明るい桃源郷の夢幻にまるで迎え入れるように冬乃を包みこむ。
 
 うっとりと、
 やがて離された唇に冬乃は、瞼を擡げた。未だ、楽園の内を漂っているような恍惚感で。よほど蕩けた瞳を向けてしまったのだろう、耀う白霧のなかで沖田がくすりとその口角を上げた。

 「風呂に浸かる前から、」
 のぼせたように染まる冬乃の頬を。背より移動してきた沖田の大きな手が、ふわりと覆う。
 
 「体じゅうこんなに熱いんじゃ、水でも持ち込むべきだったね。これは長居できそうにない」
 
 (え)
 冬乃が倒れなきゃいいが、と苦笑する沖田の言葉を冬乃は、一瞬きょとんとしてしまってから反芻する。
 なるほど稽古の汗を流しに来て、来る前に一度水なら飲んだとはいえ、
 
 ただでさえまた湯船でも発汗するのに、すでに今からこうも熱のあるさまに、脱水症状にでもならないかと心配されても当然だと。
 
 今朝からの沖田とのひとときに、まさに“のぼせて” こんなにも体が発熱してしまっているのだと思うと、もはや恥ずかしさで冬乃は余計に頬が熱くなる。
 
 
 「・・・にしても熱いな」
 
 冬乃の頬を包んだままに、つと沖田が訝しげに呟いた。
 「本当に熱があったりしないよな」
 
 「え」
 「風邪でもひいたか・・?」
 
 これまで。冬乃が肌に情慾の熱を帯びることなんて、もう数えきれないほど多々あったのだ。沖田も当然それゆえの熱だとばかり、思っていたはずで。
 「いえ、」
 今なお火照った顔で冬乃は、慌てて首を振る。
 「風邪ではないとおもいます・・」
 
 つまり沖田とのひとときのせいだと、
 もはや口に出して認めているようで恥ずかしさの増した冬乃は、心配そうに覗きこんでくる沖田から、咄嗟に目を逸らした。
 
 「・・だが、病で無しに、ここまで熱くなるものか?」

 続いたその言葉に、余計に頬から火が噴くも。
 
 「先程よりも熱いように思うんだが」
 
 (そんなに、熱いですか)
 自分でも多少不安になってきて冬乃は、戸惑った瞳で沖田を再び見上げた、
 瞬間に、こつんと沖田の額が冬乃の額に当てられ。

 (ひゃあぁ)
 
 「・・・」
 
 (あ、ぁあの)
 
 もはや押し黙った沖田の。
 額が暫しのち離された、と同時に、立ち上がった彼によって冬乃の腕は静かに掴まれ、

 あまりに緩慢な動作でゆっくり引き上げられた冬乃は。
 
 (・・え)
 それなのに生じたふらつきに。次には驚いて。
 
 まさか本当に
 
 疑念が脳裏をよぎった刹那、
 冬乃の両脚は沖田の腕に攫われ。そのまま冬乃の火照る体は抱き上げられた。
 
 「今日は寝てなさい」
 
 
 ・・・どうやら。風邪と確定されたようだった。
 
 
 
 
 
 
 
しおりを挟む
感想 71

あなたにおすすめの小説

結婚しましたが、愛されていません

うみか
恋愛
愛する人との結婚は最悪な結末を迎えた。 彼は私を毎日のように侮辱し、挙句の果てには不倫をして離婚を叫ぶ。 為す術なく離婚に応じた私だが、その後国王に呼び出され……

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

【完結】記憶を失くした旦那さま

山葵
恋愛
副騎士団長として働く旦那さまが部下を庇い頭を打ってしまう。 目が覚めた時には、私との結婚生活も全て忘れていた。 彼は愛しているのはリターナだと言った。 そんな時、離縁したリターナさんが戻って来たと知らせが来る…。

側妃契約は満了しました。

夢草 蝶
恋愛
 婚約者である王太子から、別の女性を正妃にするから、側妃となって自分達の仕事をしろ。  そのような申し出を受け入れてから、五年の時が経ちました。

余命1年の侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
余命を宣告されたその日に、主人に離婚を言い渡されました

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

処理中です...