碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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うき世の楽園

201.

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 よろこんで覚悟、したのに。
 
 
 どういうわけか冬乃たちは今。道場に居た。
 
 
 それも別の意味での覚悟が、求められるひととき。否、沖田はもしや端から、この意味で言ったのかと。もはや冬乃は訝ってしまうほどに、
 
 「冬乃は、ここが弱いようだね」
 そんな台詞なら、つい先程の押し入れのなかでも聞いたはずなのに、あの甘いひとときとは、
 
 そして前回の稽古とは、
 
 真逆の。
 
 沖田からの攻撃の、連続で。
 
 
 しかも全てが、寸止め。
 
 「…っ」
 
 あいかわらず、どこも打たれてはいないというのに、心はビシバシと、打ちのめされている冬乃で。
 
 
 「それに、そこの守りに入ると冬乃は必ず、ここに隙が出来る」
 
 立て続けに繰り出される的確な打ちと的確な指摘。平成の世において、もはや伝説の剣豪沖田総司からの、こんな指南なら、剣道求道者にとっては大金を積んででも受けたいものだろう。
 
 もとい。平成でなく、この幕末の世においては尚更だが。
 
 (い。いいんでしょうか・・)
 
 道場で、先程からずっと沖田を独り占めしていて許されるのだろうかと、
 今日沖田は非番なのだから、冬乃がそれを気にする必要がないとは分かっていても、もうずっと皆の注目を浴びているのも感じている冬乃としては、居たたまれない。
 
 「冬乃、」
 
 ヒュッと空気が啼いた。
 
 「考え事は後で」
 
 ぴたりと、冬乃の胸前で突きが停止し。寸止めと分かっていても、一瞬、打たれたような錯覚に息が止まる。
 
 「・・はい、ごめんなさい」
 
 「ここまでの流れをもう一度やる。次は隙をつくらず避けてみて」
 「はいっ・・」
 
 冬乃はつたう首元の汗を手の甲に拭った。
 周りに恐縮していても仕方ない。第一そんな余裕なんて、またすぐに無くなるのがおち。
 
 「・・お願いします」
 沖田だけを見据え、そして冬乃は構え直した。
 
 
 
 
 
 
 
 「女には甘い、をあいかわらず貫いてるな」
 
 
 前回の稽古の時には不在だった永倉が、目を丸くしてやってきた。

 「あんなに沖田が優しく手取り足取りの指導するの、初めて見たよ」
 
 (あ・・)
 手拭いで滝のような汗を幾度もぬぐいながら冬乃は、息一つ乱していない沖田をおもわず見上げる。
 
 確かに厳しく大変だったとはいえ、今回も常に優しさを感じられる指導だった。
 
 
 「やろうと思えば、出来るんじゃねえかよ。野郎にもああいう指導してやれよ」
 「冬乃相手だから出来るに決まってるでしょうが」
 
 即答で拒否する沖田に。
 「ぶは」
 同じく傍まで来ていた原田が失笑した。
 永倉もそんな返答は予想していたようで、肩を竦める。
 
 「しかし冬乃さんも遣えるとは聞いてたが、想像以上で驚いたよ」
 
 (わ)
 そして永倉に褒めてもらえた冬乃は、
 
 「ありがとうございます・・!」
 感動して大きくお辞儀してしまった。
 
 「じゃあ風呂いこうか」
 
 そこへ突如降ってきた沖田の声に、冬乃は今度は驚いてがばっと頭を上げる。
 
 (おふ、ろ)
 それは必要でも、
 
 今の言い方はまるで。
 
 
 「おい、おまえらまさか一緒に入る気?」
 
 
 (やっぱり・・っ・・・そう聞こえたよね?)
 
 「ええ。今から貸し切りするので、入ってこないように願います」
 
 「・・・・」
 
 
 こんなに堂々と宣言して大丈夫なのか。
 
 
 焦って辺りを見渡した冬乃の目には、さいわい土方は映らない。だが、先程叱られたばかりだというのに、これで見つかったらどうなるのだろう。
 
 「そ、総司さん」
 
 狼狽える冬乃に邪気たっぷりに微笑み返した沖田が、早くも戸口へ向かい出す。
 
 慌ててその背を追いかけながら、そして背後に唖然とした永倉達を残しながら。冬乃は、妙な緊張と歓喜に襲われ、激しく高まる心拍を聞いた。        





    
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