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うき世の楽園
192.
しおりを挟む今夜は夜番があるから遅くなると。
昼餉の席で沖田に、だから今夜は屯所の自室に寝泊まるように告げられた冬乃は、
近藤の部屋に戻って書簡の手伝いをしながら、ひどくがっかりしている心の内をこっそり抑えていた。
ほんとうは、遅くなってもいいから沖田の部屋で待っていたい。夜もずっとそばにいたい。ふたりの家に帰れなくても、隣で沖田の体温を感じながら眠りたい。
なんてことは、気恥ずかしさもさることながら遠慮の想いに圧されて、とても冬乃には口にできなかった。
わがままをもっと言っていいと、昨夜もあんなに愛されながら促されて、それなのにまだ冬乃は留まってしまう。
以前のように、嫌われたりしないかと心配しているわけでは無しに。今の冬乃の自制の最大の原因は、遠慮で。
もしかしたら冬乃がそばにいたら、遅くに疲れて帰ってくる沖田の邪魔になってしまうのではないかと。
夜の巡察は、血をみることになる機会が最も多く。
隊士達を率いる長として当然、誰よりも気を研ぎ澄ませ、たとえ何も起こらなくてさえ疲れることだろう。
斬り合いなどになってしまえば、尚の事。
帰ってきたらさっさと風呂に入って、疲れを癒すべく寝てしまいたいはずで。
だがそこに冬乃がいれば、一人でいる時とはどうしても勝手が違ってしまうだろう。
(だから・・我慢しなきゃ)
一方で、
もしかしたら、沖田からすればそんな遠慮は要らないのかもしれない。
冬乃の、この手の遠慮が、
今なお沖田に対してついつい構築してしまう最大の壁であることも、沖田は分かっているからこそ、
だいぶ想いを素直に口にするようになっているはずの冬乃に、未だに『わがままを言っていいよ』と促してくれるのではないかと。
そんなふうにも、冬乃は感じていて。
そもそも沖田なら、冬乃のわがままに応えられない時は応えられないと、断るだけだろう。
冬乃の側で先に勝手に遠慮して控えてしまう必要など、だから無いのかもしれない。
(でも・・)
大抵において冬乃が口にしなくても、想いの機微を汲み取ってくれる沖田だからこそ、
あえて冬乃の想いを汲まない時には、沖田側にそうしない理由がある為なのではとさえ、冬乃は勘ぐってしまうというのに、
それでも冬乃のわがままな希望を、そこへ押し出すのは。
いくら彼が嫌なら断ってくれるだろうとしても、やはり気が引けてしまう。
(・・・やっぱり、言えない。)
「冬乃さん、総司にこれを借りていたんだが、今ちょっと行って返してきてくれないだろうか」
不意に掛けられた言葉に、冬乃ははっと書簡から顔を上げた。
「はい」
見れば、それは時々沖田が使っている根付の中で、冬乃が一番好きなもので。
煌めく黒曜石に彫刻が施され、青紫色の絹紐が通されたその洒落た根付は、持ち主によく似合っていて、冬乃は彼の帯から覗くさまをよくドキドキと見つめた。
骨董品について冬乃は分からないものの、これが平成の世に残っていれば相当に値が張ったのではないか。
「ではちょっと行ってまいります」
食後に仮眠すると言っていたから沖田はまだ寝ているかもしれない。その場合、起こしてしまわないか不安なものの、
冬乃は近藤へ目礼をして、ひとまず廊下へ出た。
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