281 / 472
うき世の楽園
190.
しおりを挟むたっぷり躰じゅうに口づけられて焦らされて、朝から乱れに乱された冬乃が、その余韻を引いたまま仕事に集中できるはずもなく。
近藤はいま沖田の護衛の元、黒谷へ行っている。冬乃はその間の近藤の部屋の掃除を任されているものの。
いまなお、沖田に背後から横抱きにされていた今朝の体感が、強く深く、残っていて、
うしろの首筋に散るであろう口づけの痕を想像して指になぞってみながら、ひとつひとつ記憶を辿ってしまっては。
勝手に零れてしまう吐息はもう、数えきれず。
(・・どうしたらいいの)
いっそ沖田に訴えてしまいたいほど。
こんなにも、冬乃を“好色” にして、心だけでなく体まで夢中にさせて。そうして冬乃の覚悟をどんどん弱くしてしまう彼に。
(おねがい・・もう)
これ以上、
貴方なしでは生きていけなくしてしまわないで
(・・・そんなこと。実際言ってしまえば、)
当然、冬乃からの新たな『大好き』の告白としてしか、伝わらないのに。沖田が笑って抱き締めてくれるような、そんな類いの。
本当のところは、もっと切実なことなど。
伝えようもないのだから。
もし、
このとめどなく満ち溢れる幸せの、そのぶんだけ背中合わせに増してゆく恐怖を、
この先の避けられない未来を、
こうして想い出してしまわずに、一瞬さえ許さず忘れたままでいられる方法があるとすれば。
それは、
(ひとつだけ・・)
ずっと。今朝のような時間を永遠に繋ぐこと、でしかない。
冬乃は自嘲に追いやられた溜息を吐き落とし、遂に頬を伝った涙を払った。
(そんなことが叶ったとしてさえ、いつかは終わってしまう)
沖田の命の刻限は、日を重ねるたびに着実に迫ってくるのだから。
(総司さん・・)
此処へ来て沖田に出逢えたあの頃から、
すでに胸奥へ刺し込んで抜けないその感情の名を冬乃は呟く。
“苦しい”
人は必ずいつかは死ぬ。
それがいつなのかを、冬乃の場合は、知っている。せいで。
(・・だけど)
それだけ。
(そう、ただ)
それだけのことなのに。
知らなければ知らないで。冬乃はきっと、
毎日危険な仕事にでてゆく、明日をも知れない彼の背を、身を切る想いでそのつど送り出すのだ。
ならいったい、どちらがましなのだろう。
これが最後かもしれないと、
常に怯えながら傍にいる、そんな日々と。
今とで。
0
お気に入りに追加
926
あなたにおすすめの小説


離婚した彼女は死ぬことにした
まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。
-----------------
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
-----------------
とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。
まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。
書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。
作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。



淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。

幸せな番が微笑みながら願うこと
矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。
まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。
だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。
竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。
※設定はゆるいです。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる