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うき世の楽園
190.
しおりを挟むたっぷり躰じゅうに口づけられて焦らされて、朝から乱れに乱された冬乃が、その余韻を引いたまま仕事に集中できるはずもなく。
近藤はいま沖田の護衛の元、黒谷へ行っている。冬乃はその間の近藤の部屋の掃除を任されているものの。
いまなお、沖田に背後から横抱きにされていた今朝の体感が、強く深く、残っていて、
うしろの首筋に散るであろう口づけの痕を想像して指になぞってみながら、ひとつひとつ記憶を辿ってしまっては。
勝手に零れてしまう吐息はもう、数えきれず。
(・・どうしたらいいの)
いっそ沖田に訴えてしまいたいほど。
こんなにも、冬乃を“好色” にして、心だけでなく体まで夢中にさせて。そうして冬乃の覚悟をどんどん弱くしてしまう彼に。
(おねがい・・もう)
これ以上、
貴方なしでは生きていけなくしてしまわないで
(・・・そんなこと。実際言ってしまえば、)
当然、冬乃からの新たな『大好き』の告白としてしか、伝わらないのに。沖田が笑って抱き締めてくれるような、そんな類いの。
本当のところは、もっと切実なことなど。
伝えようもないのだから。
もし、
このとめどなく満ち溢れる幸せの、そのぶんだけ背中合わせに増してゆく恐怖を、
この先の避けられない未来を、
こうして想い出してしまわずに、一瞬さえ許さず忘れたままでいられる方法があるとすれば。
それは、
(ひとつだけ・・)
ずっと。今朝のような時間を永遠に繋ぐこと、でしかない。
冬乃は自嘲に追いやられた溜息を吐き落とし、遂に頬を伝った涙を払った。
(そんなことが叶ったとしてさえ、いつかは終わってしまう)
沖田の命の刻限は、日を重ねるたびに着実に迫ってくるのだから。
(総司さん・・)
此処へ来て沖田に出逢えたあの頃から、
すでに胸奥へ刺し込んで抜けないその感情の名を冬乃は呟く。
“苦しい”
人は必ずいつかは死ぬ。
それがいつなのかを、冬乃の場合は、知っている。せいで。
(・・だけど)
それだけ。
(そう、ただ)
それだけのことなのに。
知らなければ知らないで。冬乃はきっと、
毎日危険な仕事にでてゆく、明日をも知れない彼の背を、身を切る想いでそのつど送り出すのだ。
ならいったい、どちらがましなのだろう。
これが最後かもしれないと、
常に怯えながら傍にいる、そんな日々と。
今とで。
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