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うき世の楽園

189.

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 今夜は冬乃が夕餉の片付けを理由に別々の入浴を固持したので、沖田は仕方なく先に入らせてもらった身を縁側で涼ませていた。
 
 あの時の、冬乃の手を己の手で包みながら果てを迎えた歓喜も、冬乃の小さく柔らかい手指の感触も、
 回想しては、またも先程から疼くものがあり。このままでは再び襲いかねないと、沖田は眼前の枯山水を闇内に眺めながら苦笑する。
 
 思い起こせば己は今日、少なからず寝不足だったはずだ。とっとと寝るべきなのは確かだというに。
 
 
 (あいかわらず修行でもしてる気分だな・・)
 
 冬乃が無意識に誘惑してこようがこまいが、こちらは元より冬乃を慾して仕方がないのである。ならば一緒に住むような事をしなければいいのだが、それを選択肢から除外する気もまた、無い。
 
 (言ってみりゃ自業自得か)
 
 もはや失笑し。沖田は寝室へ踵を返した。そろそろ冬乃が風呂を出る頃だ。
 
 (構わぬ)
 
 と要するに、沖田は結論づけたのだった。
 
 我慢しようが、しなかろうが。どうせこちらは寝不足になるなら、気の向く儘に戯れてしまえと。
 
 冬乃に、最後の一線を越えるを望む気配は、未だ無くとも。彼女は戯れるだけの安心の内でならば、ああして秘めた貪欲さで沖田を求めてくるのだから、

 よろこんで、応えるまで。
 
 
 
 
 
 
 冬乃がつい今しがたみていた夢は。眠りにおちる瞬間までの昨夜の情景をなぞらえて、もう一度繰り返して体験したかのようで。
 目が覚めて珍しくまだ隣で寝ている沖田の寝顔を、見やった冬乃は瞬間、激しく頬を赤らめた。
 
 (もぉ)
 昨夜に愛されたばかりで、
 
 (夢でも愛してもらって・・・)
 
 『ほら、どうしてほしいのか言ってみて』
 沖田の低く囁くような、あの甘い声が、鼓膜に甦る。
 『ぁ…あ…っ』
 冬乃の喉奥から零れおちてしまう声も、
 いつも、自分の声じゃないみたいに。耳から聞いているかの、あの感覚をもって今また冬乃の記憶を想起してゆく。
 
 『そうじ…さん……っ…』
 度重なる深い快楽の波に攫われ、
 朦朧とする意識のなかで、恥ずかしい “おねだり” をどれほど溢してしまったことだろう。
 
 『お…ねが……い…っ…』

 あのとき冬乃は泣くほど求めて、溺れて、

 『・・いいね、』

 幾度も。
 縋った。
 
 『もっと俺にそうやって、わがまま言ってみてよ』
 
 嬉しそうに笑ってくれる沖田に見下ろされながら。
 
 
 (・・・・だ、だめ、もう)
 
 自己を冷静に保てる許容範囲なぞ軽く超えている記憶に、冬乃はついに見つめる沖田の寝顔から、体ごと視線を逸らした。
 くるりと彼に背を向けた状態で深呼吸を試みるも、

 激しい心拍はとうぶん収まる様子など無く。
 冬乃は胸に手を当てて、おもわず目を瞑った。
 
 だから、
 次の刹那に背から温かな腕に包まれた瞬間、冬乃は飛び上がりかけた。
 勿論、硬い拘束の中、飛び上がるどころか背後の沖田にそのまま更に抱き締められたのだが。
 
 「おはよう」
 すぐ耳元で沖田が微笑う。
 「オ・ハヨウゴザイマス」
 硬直する冬乃の後ろでくすりと笑みが続く。
 
 「ずいぶん体が熱いが」
 どうした、と。
 昨夜を想い出して体が熱くなっている、ことなんて、耳まで真っ赤なはずだから聞かなくてもきっと分かっているくせに、
 あいかわらず冬乃を揶揄う沖田の、穏やかに低い声がそっと鼓膜へ落ちて。冬乃は剥れた。
 
 (・・いつから起きてたんですか・・っ)
 冬乃が沖田を見つめてひとり赤面している間からならば、沖田もだいぶ人が悪い。
 
 「冬乃」
 (・・ぁ)
 答えられないでいる冬乃の、そして首筋につと落とされた口づけは。
 (待っ・・)
 昨夜もまたいつのまにか着せられていた襦袢の、襟を。後ろから侵り込んだ手が落としながら、
 冬乃の露わになってゆく肌を緩やかに辿って。
 
 「んん…っ…」
 「熱いね・・」
 首筋から、肩先に、口づけられながら冬乃の襟を落としきった手には乳房を包まれ、
 「・・具合が悪いわけじゃないかどうか」
 
 「診察してあげようか」
 
 (え・・・?)
 落とされたその揶揄いは。冬乃が返事をするよりも前に、
 
 冬乃の内腿へと流れた手によって、為された。
 「…ぁ…んっ」
 その指が、
 冬乃のすでに濡れそぼつ箇所を掠めたことで。
 
 「これが理由なら・・大丈夫だな」
 
 診断結果つきで。
 
 「ただし、こっちの治療は必要そうだ」
 
 
 冬乃は。
 
 もう。されるがままに。
 
 
 
 
 
 朝餉を作って食べている時間など無くなり、屯所へ『出勤』がてら、二人して残りものをもらいに厨房へ寄り道したのはそれから暫くのことだった。

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