碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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うき世の楽園

187.

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 豚たちの群れを無事に見つけて返してから、冬乃と沖田は幹部棟へ戻ってきて廊下で別れて。
 近藤の部屋には、ここ西本願寺の住職のところに用事でちょっと出てくる旨の書き置きが残っていて、冬乃はその間にと、急いで続きの掃除を始めながら、
 
 子豚を腕に抱いてあやしていた沖田の姿が目に焼き付いて離れず、感動で滲む涙をとうてい抑えられないでいた。
 
 あの姿は。
 (だって、赤ちゃんを抱いてあやしてるように見えて・・)
 父親になった彼を冬乃の脳裏に鮮やかに想像させ。
 
 きっと良いお父さんになりそう
 そんな想いが、冬乃をじんわりと包んで。
 
 たとえ、奇跡の果てにそれが現実に叶ったとしても、
 彼とその子が過ごせる時間など、ほとんど無いというのに。
 
 (それなのに・・・、)
 いま冬乃の心は締めつけられる苦しさと同じほど、深いぬくもりに触れたように幸せも感じていた。
 
 見ることなど叶わないだろうと思っていた、彼のそんな姿を、連想であっても垣間見れたからで。
 
 
 (総司さん)
 
 考えているうちに冬乃は、ついさっき別れたばかりなのにもう沖田に逢いたくなってきて。
 
 (だめだってば)
 隣の部屋へ乱入しかねない衝動に、慌てて首を振る。
 またも掃除を中断する気かと。
 
 (おあずけ・・っ)
 慌てて己に言い聞かせ冬乃は、なんとかその場で足を留めた。
 (・・どんなに遅くても、今夜にはまた逢えるんだから)
 
 一呼吸し。ハタキを握り直す。
 
 
 
 
 
 
 その今夜がやってくるまで。
 
 (長かった・・・・)
 
 
 一度、昼餉で逢えたので耐えられたようなものだと、冬乃はたった半日離れていただけで長いと感じている己にすっかり呆れながら、
 風呂を沸かし終えた身を立たせて、戻る先の土間へと視線を向けた。
 
 
 沖田はあれから暫くして道場へ行っていたらしく、斎藤と稽古着姿で広間にやってきて、
 近藤に付き添ってすでに広間に来ていた冬乃と顔を合わせたものの、昼餉を終えるとすぐ昼の巡察に出て行ってしまったのだ。
 そしてそれからは、すれ違ってばかりで逢うことなく。
 
 昼餉の席で沖田に、日の沈む前に先に家へ行っててほしいと言われていた冬乃は、今日の仕事を終えるや否や、小躍りしそうになりながら支度をして此処へ来た。
 
 
 そろそろ沖田は夕の巡察のほうも終え、こちらに向かっている頃だろう。
 冬乃は辿り着いた土間で、夕餉のための残りの準備に急いでとりかかる。
 
 組で用意する夕餉をもらってくることも、使用人に届けてもらうことさえも出来るようだが、冬乃はどうしても自分で作りたかった。
 
 疑似でも新婚さん気分を味わいたいから、なのはもちろん自分でよく分かっている。
 心をこめた手料理を愛しい彼にふるまえる、
 こんな幸せ、みすみす逃す気は無い。
 
 
 なお当然に。
 あの質問も、今夜だって。
 
 「あ、総司さん、おかえりなさい・・!」
 
 欠かせない。
 
 
 「今日はどちらになさいますか。お風呂と、お食事」
 
 
 (・・と、私。)
 は本当にいつか口にしてみたいけれど。
 
 
 
 「いや、今日も冬乃で」
 
 
 「・・・」
 
 口にしなくとも。どうやら沖田から言ってくれることに、変わりないようだ。
 

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