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うき世の楽園
179.
しおりを挟む尤も、
沖田の両手にしっかり肩を掴まれていて、倒れることはなかったものの。
だがそのまま冬乃は、顔の左右に両手を突かれ。
そうして木の壁と沖田の筋肉の分厚い壁の双方に完全に閉じ込められて、
(も、)
もう平静でいられる視界の許容範囲なぞ、大幅に逸脱し。
どう逸らそうにも近すぎて、逸らしきれないのだ、前に迫る沖田から目を。
(もう心臓が!!)
最後の手段で冬乃は目を瞑ろうとするも、
即座に瞼へと口づけが落ちてきた。
「ダメ」
こわごわと瞼を持ち上げれば。
「目を閉じない」
愛しげに微笑んでくれるくせに、容赦なき命令を下す彼が映る。
「ほんとに、この状態で・・脱ぐんですか・・っ」
なかば諦めの境地を迎えつつも冬乃は訴えた。
こんな、囲われて見下ろされている中で、しかも目を閉じられない真ん前には、
(総司さんの裸なのに・・ッ)
「あのっ、そしたら、」
「ん・・?」
なんだかまた眩暈がしてくる中、冬乃は絶対に間違っても下方には目が行かないようにと懸命に頑張り続けながら、
「せめて私が後ろを向いてちゃ、だめ・・ッ?」
切迫感に押されて口走ったら。
敬語が抜け落ちた。
「・・・そのまま敬語抜きで話すならいいよ」
愉しげに。あまりにも優しい眼が、見返してきて。
(うう・・っ)
冬乃は、
安堵の歓喜とともに。困って。
沖田の柔らかなその笑みを見上げながら、喘ぐような息を零した。
やはり沖田が望んでくれるのは、冬乃の作り出してしまう距離を超える事なのだと。
それでも、冬乃のほうはそれを達成できるものなのか、分からないのだから。
(・・・・でも)
ここで、了解しなければ、
(この状態で脱ぐことに・・・っ)
どちらも難題なら、冬乃が選ぶ選択肢は当然決まっている。
(はい。・・じゃなく、)
「うん」
乱れた息に。空気を求め開いてしまった冬乃の唇が、
がんばってと微笑うかのように両端を持ち上げた沖田の唇に、次には塞がれた。
「っ…」
そしてそっと首すじへ。
「後ろ、向いていいよ・・」
「え」
冬乃は、背の壁と沖田の両腕に今なお大きく囲われたまま、
いま冬乃の首すじを屈むようにして唇で辿る沖田を、戸惑って見下ろした。
(まさか、このまま脱ぐの?!)
言われるがまま冬乃が壁へと向き直る間も、やはり冬乃への愛撫は続いて。
うなじへと、
幾つもの。蕩けてしまいそうな、優しい口づけの嵐が。
「…ぅん」
つい零れた吐息に、
冬乃は慌てて息を吸う。これは早く脱がないかぎり、続いて、冬乃の気分がおかしくなってしまうのも時間の問題だと。
(もうぅ・・)
覚悟を決め、冬乃は帯に手を掛けた。
背後からは、忍び笑う気配と。
「冬乃」
口づけの合間に、甘い低い音色。
「手伝おうか」
いつかのような台詞まで添えられ。目の前の壁に張られた沖田の両腕の内で、冬乃ははっと顔を上げた。あのときは着物を着せてもらって。でも今は、その逆を。
手伝おうかと、
からかわれているに決まっているのに、冬乃はよけいに乱された息で、うまく返事も紡げず。
唯、首を振った。
「わかった、」
沖田のくすりと微笑う声が追う。
「じゃあ、続けて」
見てるから
耳元で促すいじわるな囁きは。
そして冬乃の耳朶まで紅に染めあげた。
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