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うき世の楽園

176.

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 (あ・・)
 
 ガラガラと引き戸が鳴る音に、冬乃は玄関のあるほうへ顔を向けた。
 奥の部屋に居る冬乃からは勿論、玄関が直接見えるわけではないものの。
 
 
 (総司さん・・・だよね・・?)
 
 尤も、玄関から堂々と入ってくる泥棒も、そういまい。
 
 いや、虚をつくという手かもしれない。
 灯りのついた家に玄関から入ってくるはずもないだろうという、人の先入観を盾に。
 
 冬乃がそう疑ってみる理由はあった。
 沖田が帰ってくるにしては、まだ夜を迎えてから浅すぎるのである。
 
 
 「・・・」
 冬乃は念のため、そろりと立ち上がる。
 押し入れへと向かうべく。
 
 沖田が用意しておいてくれた木刀は、先刻、下の段に在るのを確認済みだ。
 
 
 「冬乃」
 
 (あ)
 
 押し入れの戸を開けかけて響いた沖田の声に、冬乃はほっとして手を止めた。
 
 「ただいま」
 まもなく沖田が庭側の部屋から入ってくる。
 
 「おかえりなさい・・!」
 冬乃はつい声が弾んでしまった。
 
 「会合が早く済んでね」
 上着を脱ぎながら沖田が言い添え、
 
 「あの・・っ」
 
 そんな沖田を冬乃は、どきどきと見上げた。
 
 (あ、あれを・・・言ってみたい)
 
 「どちらが、いいですか、」
 
 (べつに、言っても大丈夫だよね・・?)
 
 「お風呂にしますか、」
 
 内風呂は珍しい江戸の時代、
 この有名な“新婚三択” なる台詞のセットは、まだ存在するはずがないのだ。
 だから、言ってもただ普通に聞いているだけとしか思われまい。
 
 だいたい最後の三択目を口にする勇気はどうせ無いわけだから。
 そんな中での、冬乃のささやかな夢を。そして誰も笑うまい。
 
 「それとも、お食事にしますか?」
 
 
 (んー新婚さんぽい・・!!)
 
 二択でも十分に内心で浮かれだす冬乃の、見つめる先。
 
 沖田が。にっこりと微笑んだ。
 
 
 「・・・冬乃がいい」



 (え?)
 

 
 暫し見つめ合うのち。
 
 
 
 沖田が噴き出した。
 
 
 「冗談だよ」
 
 
 (だ)
 冬乃の丸くなった目が直らないのは。仕方がない。
 
 (だって。え、え?)
 
 三択の台詞としても使われるとは認識も無いこの時代に、沖田のほうから、まさかのその三択目が出されてきたのである。
 
 
 同時によほど冬乃の顔は茹でたタコのようになっていたのだろう。
 「真っ赤」
 笑いながら伸ばされた沖田の両手に、頬を包まれて冬乃は、遂にどうしようもなさに口をタコにする。
 
 ちょっとそうして、また揶揄われたことに怒ってみせたつもりなのだが、
 
 「冬乃・・」
 ますます笑い出す沖田を見るに、完全なる照れ隠しだと易々ばれているようだ。
 
 
 「じゃあ一緒に風呂入ろうか」


 (・・・・っ!?)
 
 
 何が『じゃあ』なのか。
 
 そしてもう、冬乃に分かるわけもなかった。
 
 
 
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