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うき世の楽園
172.
しおりを挟む(総司さん)
彼の台詞のとおりに、すでに優しく冬乃を気遣うその眼を、それでも冬乃は見つめていられずに逸らした。
どんなに努めても。
緊張に息は上がって。
(ちがう・・)
これは緊張なのかすら、もう。
冬乃の体の奥から迫りくるように熱を感じる。むしろ、これは、
期待・・。
更に全身が火照った冬乃は、慌てて俯いた。
意図したわけでなくても、ほとんど自分から誘ったも同然なのに、この展開についていけていない。自分自身にすらも。
苦しいほど激しい心臓の音を胸に、きつく目を瞑った冬乃の。体が、そしてふわりと畳へ横たえられるのを感じた。
続いて瞼へと、掠めるような口づけ。
(え・・)
おもわず目を開けた冬乃を、
「少し待ってて」
見下ろす優しくて熱い眼。
射貫かれたように息を呑み固まる冬乃の、心内を知ってか知らでか沖田がひどく愛おしげに、そんな冬乃の唇にも口づけを掠めて、
おもむろに立ち上がった。
沖田の大きな背は、押し入れへ向かい。さらりと開けると、布団を取り出した。
(あ、・・)
軽々と布団を持ち上げたまま振り返る沖田から、冬乃は急いで顔を背ける。
畳に寝たままでいるのが恥ずかしくなって、起き上がりかけた冬乃の、
横に、静かに布団が下ろされ。
すぐ再び沖田は立ち上がると、開け放っていた庭隣の部屋との境界へ行き、面する襖をすっと閉めた。
部屋の中が、緩やかな隙間からの光を残して、薄暗くなる。
恥ずかしがる冬乃に気遣ってのことだろう。
(も・・もう)
心臓が・・・
こちらへ戻ってくる沖田に、目を合わせられるはずもない冬乃は。
胸の激しい鼓動の苦しさに、半ば起こしていた体の横へ、咄嗟に片腕をついて。
「冬乃・・」
すぐ傍まで来た沖田から、だがそっと呼びかける声が落とされ。
浅い呼吸に乱されながら。冬乃は観念し、沖田を見上げた。
同時に、シュッと擦れる音がして、
目を凝らす冬乃の前。立ったままの沖田が、自身の袴の紐を解き、
息を殺した冬乃の薄闇の視界で、
その場に袴を落とした着流しで一歩、冬乃の前へと更に近づいて。
ふたたび蛇の前の蛙のように、動くことができなくなった冬乃は。
肘で身を支え起こしただけの、危うい姿勢のまま、
全く沖田から視線を逸らせず、
まもなく冬乃の傍らで片膝をついた沖田の、
伸ばした手へ、どきりと慌てて視線を流し。
冬乃がなお固まったまま見守る先、沖田の手は冬乃の背へと向かい。帯の結びを捕らえた。
「緊張してるね・・」
すぐ真上で沖田が気遣うように冬乃を覗き込む。冬乃は只々首を振って遂に俯いた。
帯に向かっていない沖田のもう片方の手が、そんな冬乃の髪を優しく撫でた。
「大丈夫・・・心配しないでいい」
もう一度、そうして沖田の低く穏やかな声で囁かれたその言葉は、冬乃を包み込むように優しく。
(総司さん)
冬乃は続くままの激しい鼓動のなかで、小さく頷いた。
背にあった帯結びが、ゆっくりと冬乃の胴で回され。結び目が胸の下まで来た時、
そして冬乃は、横の布団へそっと押し倒された。
布団の柔さを冬乃の背が感じた刹那、
冬乃の前の結びは、するりと沖田の慣れた手つきであっというまに解かれ。
続いて襦袢の紐を。
解かれるとともに流れるように肩先から、襦袢ごと両の襟がすべり落とされる。
大きく露わになった乳房を、沖田の両の手が優しく包み込み。
「ん…っ」
次には喰らいつかれるように、冬乃の唇は塞がれた。
「ン…ふ、…っ」
舌を絡められ。次第に息もつけないほどの、
激しさと。
相反して丁寧に繊細な、彼の指先での愛撫が、同時に冬乃の肌を辿り始め、
冬乃の、内の熱を殊さらに煽ってゆき。
早くも身の奥から痺れだす感に、浅く細かく乱れだす息に、喘いで、冬乃は咄嗟に沖田の太い肩へ手を遣った。
追いつけない。身の奥の熱が、彼を求め溢れ出てくる想いが。
どうしても震えてしまう冬乃の心を、待たずに急激に押し上げてゆくようで。
もうひとつの禁忌になってしまうかもしれない、そんなこと、
晴やかな迄に一度は覚悟したというのに。
いざその時が、目の前に迫ると。
「ンン…ッ」
内腿に沖田の指を感じ。冬乃は塞がれたままの唇で、声にならない声を漏らした。
(どうして)
こんなにも強く彼を求めているのに
同じ程いま心を覆ってゆく不安は。
(総司さ・・ん・・・)
「っ…」
内腿の、さらに奥へと、沖田の指が潜り入り。
つと沖田が唇を離した。
「今日は、まだやめておく?」
(・・・え?)
目を開けた冬乃を、見下ろす沖田の心配そうな眼と。かち合った。
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