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解けゆく時

163.

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 ばったりと。
 藤堂に鉢合った。
 
 「冬乃ちゃん!おかえ・・り・・・・」
 
 冬乃の顔を見るなり嬉しそうな笑顔で迎えてくれた彼の視線は、そのまま冬乃の体へと移動した。見事にむきだしの、肩から太腿へ。
 
 「・・・」
 藤堂の頬が紅くなり、冬乃が伝染したように同じく紅くなる。
 「あの、これ、未来での普段着で・・」
 
 「は?!未来じゃいつもそんな恰好してるの!?」

 「えっ」
 藤堂が珍しく声を荒げて、冬乃は今度は目を丸くした。
 
 「心配しなくていい、」
 隣で沖田が微笑った。
 
 「彼女はもう未来へ帰らないから」 
 
 どきりと、冬乃は沖田を見上げた。

 (総司さん)
 
 また帰されてしまうかもしれないんです・・・
 
 「・・・」
 瞳が震えた冬乃を沖田が見返し。一寸のちに「冬乃」と穏やかなままの眼差しが、見透かすように冬乃を覗き込んだ。
 「まだ、帰るんだね・・?」
 
 「・・はい」
 冬乃は耐えきれず目を逸らした。

 「ごめんなさい・・行き来に関わってる人にお願いしてくることができずじまいでした」
 
 (でも、)
 はっと思い出して冬乃は、沖田を再び見上げる。
 「でも母とは、きちんと話をしてくることができました」
 総司さんのおかげです
 自然と頭を下げて礼をした冬乃に、
 
 「まだ未来に帰るんだ・・」
 横から藤堂が溜息をついた。
 
 「それじゃ沖田も気が気じゃないね」
 
 (気が気じゃない・・)

 その言葉に冬乃が藤堂と沖田を順に見た時、 
 つと、玄関の外から原田達の声がした。
 「あ」
 藤堂がとたん慌てて。

 「早く見つからないうちに、部屋いきなよ」
 「え」
 「そんな恰好、もう見てもいいのは沖田だけだろ」
 
 どことなく切ない音色を感じ取ったのは、むしろ沖田のほうだっただろう。
 「じゃ遠慮なく」
 沖田は敢えてそんな物言いを置き、捕えたままの冬乃の腕を再びそっと引いた。
 
 冬乃が先に沖田の部屋へと押し込められるのと、
 「おう、なんだおめえら立ち話か」
 玄関に入ってきたらしい原田の声が、襖越しに冬乃の耳に届いたのとは同時だった。
 
 「解散するところです」
 しらっとした沖田の返しが続く。
 「なんだよ、聞かせろよ」
 「なんでもないよ、原田さん達こそ何楽しそうに話してたのさ」
 藤堂の援護射撃とおぼしき話題転換が打たれて。
 
 「あ?いやさ、豚と鶏、どっちのほうが美味いかってんで談義してたんだよ」
 
 (豚・・)
 冬乃のほうは、息を潜めて襖に両手を添えた。
 
 そういえば一年近く経っている今、沖田を慕っていたあの豚はすでに食用にされてしまったのだろうか。
 
 「新八っちゃんは豚なんだとよ。俺ぁ断然、鶏だからよう」
 「豚のほうが脂身あって美味い」
 永倉が即時に述べるのへ、
 「どうもあの臭いが俺は好かねえんだよなあ。鶏は臭わねえだろ」
 原田が、恐らくそのやりとりを延々と繰り返していたのではないかと思うほど言い慣れた様子で流暢に、己の選択の理由を藤堂たちへと述べる。
 
 「俺にはどっちも美味いよ」
 藤堂が答え、
 「俺も」
 どうでもよさそうな沖田の返事が締めた。
 
 「なんだよおめえら、議論のし甲斐がねえやつらだな・・」
 原田の大きな溜息が続いた時、
 「おい」
 突然、土方の凛とした声が響き。冬乃がはっとした次には、
 
 「廊下でうるせえ!」
 
 雷が落ちた。
 
 「あーい」
 原田の笑う声とともに、すごすごと今度こそ解散したのか、廊下からは音が消えて。
 
 まもなく。すらりと冬乃の目の前の襖は開かれた。
 
 
 
 (総司さん)
 
 気が気でないとの藤堂の言葉が、冬乃の耳奥に残響していた。
 (またいなくなって、また迷惑かける・・あたりまえだ・・) 

 本当にごめんなさい

 「未来に帰ってしまっても、すぐにまた戻ってきます、そして必ず次こそ最後になるようにします」
 
 冬乃は沖田を見るなり開口一番、告げた。
 
 「わかった。待ってるよ」
 襖を後ろ手に閉めた沖田が、昼下がりの穏やかな鈍光の中で、静かに微笑んだ。

 (ちがう・・)
 すぐに、また戻ってきますだなんて。
 
 冬乃は此処の時間で一年近くを費やしてしまったというのに。冬乃が沖田に逢えずに苦しんだこの数日の、いったい何倍の日数だったつもりかと。
 
 いなくなることでの迷惑だけなはずがない。冬乃を愛してくれている彼が、何故冬乃と同じだけ辛い想いをしなかったといえるだろう。
 冬乃は次の瞬間には、安易にすぐに戻るなどと口にした己へと憤りをおぼえ。
 
 「総司さん、ごめんなさい」
 
 「そんなに何度も謝らなくていい。貴女の意思ではどうにもならない事のほうが多いだろうに」
 前にもそう言った気がするが
 と。沖田が咎めることなく冬乃の頬を唯、優しく撫で。
 
 (ああ・・)
 冬乃は胸奥に沁みわたる、癒される安らかな幸せと対の痛みに喘いだ。
 
 (本当だ・・・)
 いっそ、責めてくれたら
 
 少しは。
 
 
 (私は、どうしても)
 
 許しを求めながら、一方で許されるに値しないと畏れている、
 この強烈で止むことなく湧き起こる罪悪感は、冬乃の背負った宿命なのか。
 
 沖田の包み込むように深い愛情に、救われながら、救われない。そんなどうしようもない矛盾の葛藤を、
 千代は抱えて。この魂に誓ったはずなのに。
 
 初めから彼に、もう一切の苦しみを与えずに済むようにと。
 
 
 (それなのに・・私は、こうして)
 
 
 「罰して・・」
 
 冬乃は呟いていた。
 
 
 「そんなふうに優しく・・・許さないでください」
 
 
 
 ふたりの間に、庭先からすべりこむ初夏の風が、緩やかに舞った。
 
 
 「・・そうだね」
 
 (え?)
 
 願ったところで。一笑されて終わってしまうと同時に諦めて想定していたのに、意外にも肯定された冬乃は驚いて、弾かれたように沖田を見つめた。
 
 
 「仕置きも途中だったな、そういえば」
 
 (あ・・・)
 
 どことなく苦笑を滲ませ冬乃を見下ろした沖田の、その手が、
 
 腰の刀へと、向かい。
 
 冬乃は息を呑んだ。





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