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解けゆく時

157.

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 翌朝、各地で朝から夏盛りの猛暑に見舞われている様子が、テレビのニュースで流れるのをぼんやりと見つつ、
 
 母との間の距離感が未だぎこちないながら冬乃は、学校や剣道の大会の話など、ここ数年したこともなかったそれらの話をぽつぽつと口にして。
 
 母は時折、会社からの電話に、少し冬乃へすまなそうな顔をして話を中断し、応対していた。
 
 
 昼になり、ビル風すら起こらない灼熱のなか、冬乃の退院に合わせて仕事に向かった母と別れ、冬乃は駅の改札前で立ったままに統真に電話を入れた。
 
 午前中のうちに、千秋達とはメールでやりとりしながら今回の計画を快諾してもらえて、統真の番号も教えてもらってある。
 
 
 昼食時間だからか、数回鳴っただけで統真は出た。
 
 「あ・・あの、」
 「ああ、冬乃さん?」
 
 冬乃の番号は初見なはずだが、声だけで判ったらしい。
 
 「退院したんだね。体調はもういいの」
 
 「はい、・・昨日はお見舞いに来ていただいてありがとうございます」
 「またいつ倒れるかわからないから、なるべく出歩かないほうがいいかもね。・・・高3だよね、ストレスの多いだろう今の時期だけの発作であることを願うけども」
 (あ)
 「その事、なんですが、あの・・このあと少しお時間いただけないでしょうか」

 一瞬、間が空いた。
 「じつは今、学会の準備で京都に来てるんだ」
 
 (え)
 
 京都・・
 
 「東京に戻るのは来週になるから、しばらくは、ごめん。いま電話でよければ聞くよ」
 「・・いえ、・・」
 
 どうしよう
 冬乃は携帯を握り締めた。
 来週まで待っているわけには、いかない。
 
 「あ、ちょっと待って」
 つと統真の電話口の向こうで、誰かの話し声が起こった。と同時に、
 「ごめん冬乃さん、またあとでかけ直す」
 
 冬乃が返事をするより前に、電話が切れた。
 
 
 冬乃は途方に暮れて。
 携帯を下ろした。
 
 
 (来週)
 
 来週のいつなのだろう。今日は金曜だ。最短でも月曜だとすれば、幕末ではいったいどれほど時が進んでしまうことだろう。
 
 
 (総司さん・・・)
 
 冬乃はぼんやりと改札を通り抜ける。地下鉄のエスカレーターを降りた。
 此処で統真からの折り返しを只じっと待っていることなどできず。少しでも沖田を感じる場所に居たかった。
 
 冬乃の足は自然と、沖田の眠る墓地へと向かった。
 
 
 
 
 
 柔く風が吹き抜ける墓地前の路地に佇めば、冬乃の胸奥は締めつけられるばかりだった。
 
 沖田の終焉をむかえて平成へ完全に帰ってきた時、再び冬乃は此処へ立ち尽くすことだろう。
 そのとき耐えられるのか。
 どうしても、今の冬乃に答えは出なかった。
 
 
 (せめて少しでも傍に居られたら、やっぱりそれだけできっと違う)
 
 沖田の傍に、
 沖田の生きた時代に。彼の亡き後も永遠に留まれたなら。
 
 (でもほんとうは、)
 
 追ってしまいたい。
 
 もう彼のいない日々に、戻ることなど出来ない。
 
 
 逢う前から、逢えない日々があれだけ辛かったというのに。こうして奇跡に導かれて逢うことが叶って、彼の傍に居る幸せを知ってしまって、
 それでいったいどうして、そうでなかった頃にまた戻れるというのだろう。
 
 
 (総司さん・・)
 
 逢いたい
 
 (今すぐに)
 
 心の奥底から叫び出したい想いが、冬乃を苛む。
 
 時間がない。その焦燥とともに、胸内が抉られるように苦しい。
 
 
 
 冬乃は、塀の向こうを見つめたまま、震える息を吐いた。
 
 沖田の話してくれた理でなら、あの場所に眠るは、沖田の生きた幕末の世での肉体のみであって。魂ではない。否、それすら、
 昔の埋葬方法ではもう、きっと土に還っていて。
 だとしたら。
 
 (貴方は・・そこにはいないのかもしれない)

 あの場所に在るのはまるで、残り香のような幻影で。
 
 なら同様に。どんなに冬乃が、彼の亡き後も向こうの世に留まり、そこで彼を弔い、少しでも傍に感じていたいと願ってみようとも、
 
 彼の魂のほうは、
 『生まれた世で生きるための仮の器』を離れ、別の世へと去ってしまうというのなら。
 
 やはり冬乃の想いが行きつく先は、一つでしかない。
 
 
 沖田がその命を終えた時、
 
 
 その魂を、追いかけてしまえたら、と
 
 
 
 (・・でも“魂” ってそんなふうに、自分も死ぬことで追いかけてゆけるのかどうかも、分からないのに)
 
 本来記憶も持たないと、沖田は言っていなかったか。
 
 (それでも)
 
 彷徨い、沖田を捜し求める苦しい旅に再び戻るくらいなら、
 
 
 (そこに賭けたくもなるよ・・・)
 
 
 もう離れたくない
 
 
 まるで冬乃の魂が。
 遥か前の―――前世からの自分が。
 
 そう渇求して。
 
 
 
 
 それはずっと感じていたもの。
 
 “なぜ逢ったこともなかったのに、あんなにも惹かれ続けたのか”
 
 あの頃、わからないままに漠然と。
 そして、沖田に逢えてから少しずつ、確信に向けて。
 
 
 
 今こそ。はっきりと解る。
 
 あの日沖田から聞かせてもらえた話と、彼とふれあうことの叶った心と、こうして再び離れ隔てられて今また、心のさらに奥から渇求するこの想いとが。
 
 解けゆくように。
 
 導き出す答え。
 
 
 
 (“もう離れたくない”)
 
 冬乃はもう一度、奥底から迫り上がるその想いを胸に呟く。
 
 (“夫婦は二世” ・・そういうことだったんだ・・)
 
 
 沖田とは、次の世でも離れるはずがなかったのに。妨げる何かが起こって。冬乃の前世では、彼との再逢が叶わなかったから、
 
 この奇跡でやっと逢えた今度こそは、もう離れたくないと、
 
 “魂” が訴えてくるのだと。
 
 
 そして、
 
 もしこの感覚・・観覚が、確かに正しいのなら。
 
 (私のその前世の、前こそが・・・つまり、)
 
 
 千代だったのだと。






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