碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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五蘊皆空

152.

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 あれから沖田は、どこぞの男の服なぞさっさと己の手で最後まで脱がし、冬乃には代わりに、沖田の着物を着流しで着せたのだったが。
 
 余った裾を、女帯に比べると細い男帯で止めているため、冬乃の腹回りは異常にもたついている。もっとも、沖田の目にはそれもまた可愛い以外の何でもないものの。

 しかし冬乃は気づいていないが、寝かせていたせいで彼女の総髪は、うなじに幾すじもの毛を落として艶っぽく乱れており、
 しかもその頬はほんのりと紅潮し、どことなくとろんとした瞳はもうずっと直らぬままであり。

 この夕餉の広間で。
 見てはいけないものを見てしまったような表情で、顔を赤らめて目を逸らす者もいれば、
 先程から、ちらちらと盗み見を繰り返す者もいる。

 思いっきり。睨みつけるが如く凝視している者も、いる。
 当然それは、土方だが。
 
 
 「おい総司」
 そして土方は遂に沖田へと、その睥睨を移してきた。

 「おめえ、何した」
 “お仕置き”しろと言ったのは、土方だと。沖田は内心笑いながら、
 「何とは」
 けろりと見返せば。

 「・・・」
 変な仕置きでも本当にしたんじゃねえだろな
 と、激しく問いたげな剣呑な視線が、続いて飛んできた。
 とはいえ、この場ではさすがに声にまでは出せないのだろう、その形の良い口元を真一文字に結んだだけだ。


 沖田は目を細めてみせた。
 ええ、本当にしましたよと。
 
 「・・・ッ」
 しかと伝わったのだろう。
 土方は一瞬片手で額を抑え、それはそれは深い溜息をついた。

 「ん?どうした歳」
 近藤が、心配そうにそんな土方を覗き込むのを横目に。
 沖田は再び隣の冬乃を見遣る。

 視線を受けてすぐに沖田を見上げてきた冬乃の、艶やかに蕩けたさまを堪能しつつも、
 閨から抜け出たままの如きこんな艶姿には、他の男になぞ見せずに隠しておきたい想いと、見せつけてやりたい想いとが、胸内でせめぎ合って喧しい。

 (まあ、藤堂は・・居なくて良かっただろう)
 夕番からまだ戻っていないようだ。
 
 「ぁ」
 不意に冬乃が小さく声をあげた。
 彼女の視線の先を見れば、食事の前に沖田がまくっておいてやった袖が戻っていた。

 彼女には当然長すぎる袖だが、たすき掛けをさせるのもどうかなので、手首の位置まで数度折っておいたのだが、
 食事の動きを繰り返すうちに緩んでゆき、いま一気に落ちてしまったのだろう。
 
 椀と箸をそれぞれ持ったまま、突然ぶかぶかに戻った袖に困っている冬乃に、沖田は微笑って手を伸ばす。
 丁寧に元通り両袖を折ってやりながら、
 どうも周囲から強烈な視線を、とくに土方の方角から感じるが、もちろん沖田は素知らぬふりで続ける。
 
 「すみません。ありがとうございます」
 折り終わった時、照れた微笑で冬乃が見上げてきた。
 
 ついでだから。
 「冬乃」
 新たな命令を与えることにする。
 
 「これから敬語抜きね。今夜は、必ず守ってもらうよ」
 
 わかってるよな、“お仕置き”の一環だと
 眼に籠め、見つめれば。冬乃ははっとした顔になって、
 数回瞬き。小さく、吐息とともに頷いた。
 
 
 (さて・・・守れるかな)
 
 破っても構わないが、その分 “追加”するだけだ。

 
 二人の意味深長なやりとりを受け周囲がどよめく中、沖田はかわらず素知らぬふりで再び膳へと向き直った。



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