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五蘊皆空

149.

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 ふたり沖田の部屋へ入る。沖田が刀掛けへと大小を置き、
 すぐに冬乃へと向いた。
 
 手を取られて。
 冬乃は、はっと沖田の視線を追った。
 
 「・・痛みは?」
 沖田の溜息が続き。
 
 冬乃は慌てて首を振った。
 
 いつのまに手の甲の傷に気づかれていたのか。
 冬乃本人ですら、忘れていた。血はもう止まっていて、紅い線だけが浅く残って。
 
 
 「無事でよかった」
 ぎゅうと、次には抱き包められて、冬乃は息をついた。
 
 「てっきり・・怒ってらっしゃるかと・・」
 ほっとしてしまいながら冬乃は、温かな腕の中でそっと目を閉じる。
 
 「怒ってるわけないでしょ」
 沖田の優しい声が、直接冬乃の頬に低く響く。
 
 (て、・・あれ)
 痛・・?
 
 いたたた!?
 
 冬乃はそのまま、今までにない強さできつく抱き締められ。
 「むぅう」
 ついには変な吐息が出てしまった冬乃を、漸く沖田の硬い腕が緩まって解放し、
 冬乃は涙目で沖田を見上げた。
 
 「お・・怒って・・ますよね?・・やっぱり」
 
 
 見下ろしてきた、残酷なまでに穏やかな眼が。
 にこやかに、微笑った。
 
 「気のせい」
 
 
 (・・・ぜったい怒ってる・・っ)
 
 優しいままのその声が、却って怖い。

 「・・それに、土方様に言われたお仕置き・・って・・」
 最早これからいったい何をされることになるのか。冬乃は怖々と沖田を窺う。
 
 
 沖田がさらに微笑った。
 
 「土方さんは副長の立場として、先生の手前ああ言っただけ」
 
 「え」
 「上司の指示に従わない事を許していては、組は立ち行かないからね。古くからの慣習である“よきにはからえ”は、俺達のように、戦闘で瞬時の判断を必要とする組織には合わない」
 
 (あ・・)
 人情に厚く寛大に許しがちな近藤に、改めて土方は、それを諫めたのだと。
 そう沖田が暗に意味したことに、冬乃は気づいて俯いた。
 
 
 「・・もっとも。お仕置きされたいなら、してあげるよ」
 
 (え!?)
 「されたいわけないですっ」
 続いたまさかの沖田の台詞へ、吃驚して大慌てで否定した冬乃に。
 「そう・・?」
 沖田が笑って蛇の目の如くその目を細めた。
 
 「罰せられたい、て顔してるけど」
 
 (・・ど)
 どんな顔なのですかそれは。今すぐ鏡を確認したくなりつつ冬乃は押し黙る。
 
 いや、つまり。冬乃がこの先も沖田の言いつけを守れそうになどなくて、その事へ罪悪感を懐いている事まで含めて、やはり見透かされているのでは。
 (そういうコト・・!?)
 
 なんだかそう思えば、そうとしか思えなくなってくる。
 おもわず、冬乃は逃げ腰さながら、腰を抱かれたままの身を仰け反らせていた。
 
 勿論、拘束から逃れられるはずもなく。
 冬乃の肩にかかっていたポニーテールだけが、さらりと後ろへ逃れ落ちて。
 
 「・・・それにしても」
 そんな冬乃に沖田が、ふっと哂った。
 
 「どこぞの美少年かと思いきや」
 
 言うなり沖田は、冬乃のいつもより露わなうなじへと、その片手を這わせると、
 仰け反っている冬乃にそのまま覆い被さるような口づけで、冬乃の唇を塞いだ。
 
 「…ふ…ッ」
 
 冬乃は、腰と頭の後ろを支える沖田に、完全に身を預けるしかなくなって。もとい、沖田との口づけは容易かつ早々に、冬乃の体の芯から力を抜き去ってしまうことに変わりなく、
 冬乃は両手で、気休めにもならない力の入らなさで沖田の襟を握った。

 沖田が手を離せば、後ろへ落ちてしまう、
 そんな危うさと。真逆の、沖田への絶対の信頼感のなかで、
 「…ん、……ふ」
 ゆっくりと喰まれるような口づけは。
 ふたりの繋がれたその一点へと、冬乃のすべての意識を常以上に集わせゆき。
 
 
 すっかり冬乃の息があがった頃。唇が離された。
 冬乃がうっとりと残る余韻のまま目を開けた時。冬乃の体は、
 腰から膝裏へと流れた沖田の手で、横抱きにぐいと抱き上げられた。


 「俺が預かったのは、先生の命令に逆らった件での仕置き。そして俺からは、貴女が無茶をした事への仕置きも追加する」
 
 抱き上げられたままに冬乃は。
 未だ蕩けた心地のなかで、その言葉を聞いた。

 「よって冬乃への“お仕置き”の内容は、今夜一切、俺にどんな無茶ぶりの命令をされても逆らわない事、にでもしようかな」
 
 
 (・・・・え?)
 
 不穏な響きに、
 夢心地から引き戻された冬乃の、瞠目は。
 とても愉しげな沖田の、悪戯な眼に迎えられた。
 
 
 


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