238 / 472
五蘊皆空
146.
しおりを挟む町に着いて二人は駕籠を降り、最初の店に向かう。
すれ違う人々から強い視線を感じるが、やはり女の男装だと容易に見破られてしまっているのだろうか。冬乃は顔を伏せるようにして、近藤の後に続く。
まもなく入った小物屋には、冬乃の瞳がおもわず輝いてしまうような、あらゆる種類の簪や櫛が並び、一瞬ここへ来た目的を冬乃は忘れかけて。
慌てて冬乃は、隣でどれがいいのか分からなそうに早くも目を回し始めている近藤を向く。
「あ・・の、お妾さんはどんな方ですか。普段、彼女がよく使われている色とかも教えてください」
近藤がほっとしたように冬乃を向いた。
「とても淑やかな女性だよ。私などは色遣いには疎くてよく分からないが、みるたびに違う色を着ている気がするよ、・・ただ、印象としてはそのどれもが落ち着いた色が多いように思う」
(完璧すぎる。)
冬乃は近藤の回答に、おもわず瞠目していた。
大体、みるたびに違う色を着ているなど、よく彼女に気を配っていなければ分からないのではないだろうか。
(きっとほんとに大切に想ってるんだ・・)
おもえば、贈り物も他人任せの適当になどせず、こんなふうに見立てを欲し、そして自ら買いに来るほどの人だ。
近藤が色街の女性達に人気がある理由が、冬乃は分かった気がした。決して使う金額だけではない、無骨そうにみえて濃やかな近藤の持つ魅力ゆえなのだと。
(さすがは総司さんの尊師)
冬乃は嬉しくなって、今の近藤からの完璧なまでの情報を元に、居並ぶ簪を端から見ていくことにした。
(落ち着いた色が多いってことは・・・)
逆に小物の一点を引き立たせるならば、ありかもしれないと。冬乃は、煌めいて派手めな色遣いの簪を幾つか選び出し、近藤の前に並べる。
落ち着いた色の中から選んでくると思っていたらしい近藤が、驚いた様子で目の前に並んでゆく色とりどりの簪を見下ろしている。
「お淑やかで、気品のある艶やかな女性だと想像しました。そういう方こそ、こういった濃い色の小物が品良く似合うと思います。普段使われていない色だからこそ、おもいきって贈ってみてはいかがでしょうか・・というより、」
顔を上げた近藤に、冬乃はにっこりと微笑み返す。
「近藤様からの贈り物なら、きっと本当のところは、なんだって嬉しいと思いますけども」
彼女の喜ぶ顔を想い起こしたのか、近藤は少し照れたような顔をした。
「この中で、彼女に一番似合いそうな物、ありそうですか?」
冬乃の問いに。近藤が簪を再び見下ろし、真剣な表情になって選び始めた。
「これ・・のように思う」
やがて近藤が持ち上げた簪は、冬乃もじつは並べた中で一番美しいと思っていた物で。
冬乃は想像の中の彼女に、その簪を合わせてみた。
(うん)
絶対、似合う。
「近藤様がそうお思いになったのなら、間違いありません」
近藤は、冬乃の確信に満ちた声に、安堵した表情になって。
「有難う」
にこにこと頷いた。
「やはり冬乃さんに来てもらって良かった」
冬乃のほうもほっとして、首を振った。
「お役に立てたなら嬉しいです」
入った最初の店で贈り物が決まったので、二人は早々に帰ることにした。
往来の邪魔にならないよう町の角で待たせてある駕籠へと、二人はあいかわらずの炎天下で生じている陽炎の中を歩む。
町中はさすがにこの気温でも、人通りはそれなりにあり。
やはりこの気だるくも平穏な昼下がりに、斬り合いなんて起こらないはずだと冬乃はぼんやりと思う。
二人はまもなく、次の角を曲がれば待たせている駕籠がいる路地まで、難なく戻ってきた。
(・・あれ?)
「冬乃さん」
近藤が前でゆっくりと立ち止まった。
振り返らぬままの近藤の背が、腰の大刀に手を遣る。
「このまま今来た道を戻って、貴女は先程の店へ。そこで屯所に使いを頼み、待機していてくれ」
「・・ですが・・っ」
近藤の睨む路地の先では、
待たせているはずの、あれだけ賑やかな駕籠かき達の声がいま全く聞こえず、不気味なほど静まりかえっていた。
明らかに近藤の様子では、そこにある別の気配も、殺気も。感じているのだろう。
つまり、
(待ち伏せ・・)
「近藤様だけ置いていけません・・!」
小声で返す冬乃に、
だが近藤は前を見据えたまま首を振る。
「貴女が安全な場所まで行ったのを確認したら、私もすぐに追う。向こうは未だこちらに気づいていないところへ、一人でわざわざ飛び込む必要は無い」
(あ・・)
近藤の言葉に少し安堵した冬乃は、「承知しました」と一言小さく返して。
急いで今来た道を引き返し始めた。
ここで押し問答をしているより、言う事を聞いて冬乃が急いだほうがいいと。
冬乃のことを待たず近藤も一緒に引き返してほしいところだが、近藤は何としてでも先に冬乃の安全を確保するまで動かないだろう。
一緒に行動しては、もし移動し終えるよりも前に敵に気づかれた場合に、冬乃を戦闘に巻き込むことになると、近藤は心配しているのだ。
しかし結局これでは、近藤の足手まといではないか。冬乃がいなければ、今からすでに近藤は引き返せたのに。
冬乃は急ぎながら、溜息をついて。
(ごめんなさい、総司さん)
今はとにかく冬乃に課された事をするしかない。滲む汗を払いながら冬乃は小走りに急いだ。
二つめの角を越し、あと数歩で先程の店の前というところで、冬乃は振り返った。
近藤が暫し後、こちらをちらりと見て、冬乃が十分に遠くまで来たことを確認し。遠目でも分かるくらいに、ほっとした様子で、やっと近藤もこちらへと向かい始めたのを。冬乃もまた、ほっとしながら見守り。
だが、数歩も来ないうちに、近藤は再び冬乃へ背を見せた。
(・・え)
刹那に。
近藤の向こうの角から、浪人達がばらばらと走り出てきたのを、
見とめて。
冬乃は咄嗟に、先程の店へ駈け込んだ。
「すみません・・!」
突然飛び込んできた冬乃を見て驚いた客に、冬乃はもう一度「すみません」と口走りながら、
先程応対してくれた店の者を見つけて駆け寄る。
「お西さんの新選組屯所に、この先の路地で局長が襲撃されているため援隊を寄越すよう、伝えてはいただけませんか、お願いします・・っ」
店の者は頷いて、すぐに裏へ入るとまもなく、使いの者が走り出て行き。
「有難うございます・・!」
冬乃は、すぐにまた店を飛び出して、
考える間もなく。再び近藤の元へと走り出していた。
0
お気に入りに追加
926
あなたにおすすめの小説
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【R18】鬼上司は今日も私に甘くない
白波瀬 綾音
恋愛
見た目も中身も怖くて、仕事にストイックなハイスペ上司、高濱暁人(35)の右腕として働く私、鈴木梨沙(28)。接待で終電を逃した日から秘密の関係が始まる───。
逆ハーレムのチームで刺激的な日々を過ごすオフィスラブストーリー
法人営業部メンバー
鈴木梨沙:28歳
高濱暁人:35歳、法人営業部部長
相良くん:25歳、唯一の年下くん
久野さん:29歳、一個上の優しい先輩
藍沢さん:31歳、チーフ
武田さん:36歳、課長
加藤さん:30歳、法人営業部事務
転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?
明智さんちの旦那さんたちR
明智 颯茄
恋愛
あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。
奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。
ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。
*BL描写あり
毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
愛すべきマリア
志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。
学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。
家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。
早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。
頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。
その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。
体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。
しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。
他サイトでも掲載しています。
表紙は写真ACより転載しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる