上 下
237 / 472
五蘊皆空

145.

しおりを挟む
 「一応洗濯してあるものを借りてきたから安心しろ」
 「ありがとうございます・・」
 
 この短時間でいったい、隊士の誰から調達できたのか気にはなるものの、冬乃の背丈に合った男物の着物と袴を渡され、
 「着終わったら俺の部屋へ来い」の土方の言葉を背に、冬乃は一度自分の部屋へと戻る。
 
 男物の着物はさすがに持っていないが、袴ならばそういえば平成からの稽古着の袴が、まだ行李の奥にあったことを冬乃は思い出したが、
 なにせ白一色でこの時代では見かけないので、どうせ土方に却下されただろうと同時に思い直す。
 
 (だいたい袴はくの、すごく久しぶりな気がする・・)
 
 このところ稽古だって全然していないのだ。
 多少なり鈍っていることは覚悟したほうがいいだろう。土方の言っていた“いざ”という時があった場合が、冬乃は少し心配になった。
 
 (ほんとに近藤様の足手まといには、ならないくらいでいれたらいいけど・・)
 
 それに。
 
 (私は、大刀のほうは使えそうにない)
 
 短時間、腰に差しているだけならいい。
 だが、抜くとなると。
 
 暴漢と闘ったあの時、脇差でも手の内にずしりと重みがあった。
 あれ以上の重さの剣を、鍛錬なしで即座に自在に扱える自信は無い。
 
 
 (だけど脇差では、間合いがあまりにも不利・・)
 
 
 
 
 
 
 「長脇差?」
 
 着替え終えて土方の元へ出向いた冬乃は、冬乃のために用意されていた大小の刀を前に、尋ねた。
 
 「はい・・こちらの通常の脇差の代わりに、御貸しいただけませんか」

 長脇差は、仮に大刀を損じても、通常の脇差よりかは代わりと成りえるため、組では奨励され、皆はこぞって脇差の代わりに差している。


 「私の筋力では今すぐには大刀を扱えそうにありませんが、長脇差ならなんとかなるかもしれません」
 「すると大刀のほうは、竹光でもくれってか。・・なるほど悪くねえ」

 「まさか、想定しているのか?斬り合いになった場合を」
 土方の隣にいた近藤が、驚いた顔を向けてくる。
 
 「あくまでねんのためです・・」
 
 「頼もしい・・と言いたいところだが、その時はどうか無理はしないでくれ。貴女に何かあったら、総司に詫びても詫びきれん」 
 
 (近藤様に何かあったら、私が総司さんに詫びても詫びきれません)
 冬乃は心の中で呟く。
 
 身軽な男装をして、刀も持っていて闘える状態にあるのに、その場で何もしないなど、冬乃にはありえない選択肢だ。
 
 
 「今すぐ用意しよう。もう少し待てるか、近藤さん」
 「ああ」
 土方が出て行った。
 
 
 「しかし、似合ってるなあ、若衆姿」
 
 開け放った障子を背に、つと近藤が微笑む。

 (若衆姿、て)
 どうやら、初めからそれを狙った男装をした、と思われているらしい。
 
 後ろへポニーテールにしたものの、束ねるには長さが足りなかった前髪が残ってしまったせいか。
 
 「それも絶世の美少年というところだ。これはこれで目立つだろうな」

 (うう?)
 絶世の美少年。喜んでいいのかよく分からないが、とりあえず大人ですらない。
 
 冬乃は少々項垂れつつも、まだ微妙に性別上の男に扮せているならいいのだろうか、と考えてみる。
 
 
 やがて長脇差と、軽量を重視した竹光とをそれぞれ持ってきた土方に、腰帯への大小の差し方を教わって、
 その案外に丁寧な教え方に内心驚きながら、無事に男装が完了した冬乃は。
 
 近藤と共に、炎天下に繰り出した。
 女の恰好でないために、頭巾はしなくて済むだけ有難い。
 
 外に出てすぐ近藤に断って、数度、長脇差で袈裟方向に素振りをしてみれば、やはり振り被る時点で痛感する重さに、不安になったものの。
 「太刀筋が、さすが綺麗だ」
 初めて冬乃の剣を見る近藤が、すぐに満面の笑みで褒めてくれて。
 
 しかし近藤はすぐに困ったように腕を組んだ。
 
 「片腕になってしまう抜刀での攻撃は、見たところ貴女の手首には負荷がかかりすぎるから、避けたほうがいいだろう・・。お分かりだろうが、当然、大技も狙うべきではなく、その不利な間合いも、素早い動きで補う必要がある・・」
 
 「やはり、もしも斬り合いになってしまった場合は、私の背にいて、貴女自身の護りに徹してもらいたい」
 それだけでも、
 と近藤はその優しい笑顔に戻って続けた。
 
 「冬乃さんに貴女自身の護りを任せられるだけで、私は大いに助かる」
 
 「・・承知しました」
 
 「まあ、といっても町中で、かつ真っ昼間の炎天下だ。斬り合いになど、そうそうならないだろう」
 
 「はい」
 冬乃も、どこかでそんな楽観的な想いなら持ちながら。
 
 二人は呼びつけておいた駕籠に乗り込んだ。
  



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

明智さんちの旦那さんたちR

明智 颯茄
恋愛
 あの小高い丘の上に建つ大きなお屋敷には、一風変わった夫婦が住んでいる。それは、妻一人に夫十人のいわゆる逆ハーレム婚だ。  奥さんは何かと大変かと思いきやそうではないらしい。旦那さんたちは全員神がかりな美しさを持つイケメンで、奥さんはニヤケ放題らしい。  ほのぼのとしながらも、複数婚が巻き起こすおかしな日常が満載。  *BL描写あり  毎週月曜日と隔週の日曜日お休みします。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

一年で死ぬなら

朝山みどり
恋愛
一族のお食事会の主な話題はクレアをばかにする事と同じ年のいとこを褒めることだった。 理不尽と思いながらもクレアはじっと下を向いていた。 そんなある日、体の不調が続いたクレアは医者に行った。 そこでクレアは心臓が弱っていて、余命一年とわかった。 一年、我慢しても一年。好きにしても一年。吹っ切れたクレアは・・・・・

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

皇太子夫妻の歪んだ結婚 

夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。 その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。 本編完結してます。 番外編を更新中です。

処理中です...