碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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五蘊皆空

145.

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 「一応洗濯してあるものを借りてきたから安心しろ」
 「ありがとうございます・・」
 
 この短時間でいったい、隊士の誰から調達できたのか気にはなるものの、冬乃の背丈に合った男物の着物と袴を渡され、
 「着終わったら俺の部屋へ来い」の土方の言葉を背に、冬乃は一度自分の部屋へと戻る。
 
 男物の着物はさすがに持っていないが、袴ならばそういえば平成からの稽古着の袴が、まだ行李の奥にあったことを冬乃は思い出したが、
 なにせ白一色でこの時代では見かけないので、どうせ土方に却下されただろうと同時に思い直す。
 
 (だいたい袴はくの、すごく久しぶりな気がする・・)
 
 このところ稽古だって全然していないのだ。
 多少なり鈍っていることは覚悟したほうがいいだろう。土方の言っていた“いざ”という時があった場合が、冬乃は少し心配になった。
 
 (ほんとに近藤様の足手まといには、ならないくらいでいれたらいいけど・・)
 
 それに。
 
 (私は、大刀のほうは使えそうにない)
 
 短時間、腰に差しているだけならいい。
 だが、抜くとなると。
 
 暴漢と闘ったあの時、脇差でも手の内にずしりと重みがあった。
 あれ以上の重さの剣を、鍛錬なしで即座に自在に扱える自信は無い。
 
 
 (だけど脇差では、間合いがあまりにも不利・・)
 
 
 
 
 
 
 「長脇差?」
 
 着替え終えて土方の元へ出向いた冬乃は、冬乃のために用意されていた大小の刀を前に、尋ねた。
 
 「はい・・こちらの通常の脇差の代わりに、御貸しいただけませんか」

 長脇差は、仮に大刀を損じても、通常の脇差よりかは代わりと成りえるため、組では奨励され、皆はこぞって脇差の代わりに差している。


 「私の筋力では今すぐには大刀を扱えそうにありませんが、長脇差ならなんとかなるかもしれません」
 「すると大刀のほうは、竹光でもくれってか。・・なるほど悪くねえ」

 「まさか、想定しているのか?斬り合いになった場合を」
 土方の隣にいた近藤が、驚いた顔を向けてくる。
 
 「あくまでねんのためです・・」
 
 「頼もしい・・と言いたいところだが、その時はどうか無理はしないでくれ。貴女に何かあったら、総司に詫びても詫びきれん」 
 
 (近藤様に何かあったら、私が総司さんに詫びても詫びきれません)
 冬乃は心の中で呟く。
 
 身軽な男装をして、刀も持っていて闘える状態にあるのに、その場で何もしないなど、冬乃にはありえない選択肢だ。
 
 
 「今すぐ用意しよう。もう少し待てるか、近藤さん」
 「ああ」
 土方が出て行った。
 
 
 「しかし、似合ってるなあ、若衆姿」
 
 開け放った障子を背に、つと近藤が微笑む。

 (若衆姿、て)
 どうやら、初めからそれを狙った男装をした、と思われているらしい。
 
 後ろへポニーテールにしたものの、束ねるには長さが足りなかった前髪が残ってしまったせいか。
 
 「それも絶世の美少年というところだ。これはこれで目立つだろうな」

 (うう?)
 絶世の美少年。喜んでいいのかよく分からないが、とりあえず大人ですらない。
 
 冬乃は少々項垂れつつも、まだ微妙に性別上の男に扮せているならいいのだろうか、と考えてみる。
 
 
 やがて長脇差と、軽量を重視した竹光とをそれぞれ持ってきた土方に、腰帯への大小の差し方を教わって、
 その案外に丁寧な教え方に内心驚きながら、無事に男装が完了した冬乃は。
 
 近藤と共に、炎天下に繰り出した。
 女の恰好でないために、頭巾はしなくて済むだけ有難い。
 
 外に出てすぐ近藤に断って、数度、長脇差で袈裟方向に素振りをしてみれば、やはり振り被る時点で痛感する重さに、不安になったものの。
 「太刀筋が、さすが綺麗だ」
 初めて冬乃の剣を見る近藤が、すぐに満面の笑みで褒めてくれて。
 
 しかし近藤はすぐに困ったように腕を組んだ。
 
 「片腕になってしまう抜刀での攻撃は、見たところ貴女の手首には負荷がかかりすぎるから、避けたほうがいいだろう・・。お分かりだろうが、当然、大技も狙うべきではなく、その不利な間合いも、素早い動きで補う必要がある・・」
 
 「やはり、もしも斬り合いになってしまった場合は、私の背にいて、貴女自身の護りに徹してもらいたい」
 それだけでも、
 と近藤はその優しい笑顔に戻って続けた。
 
 「冬乃さんに貴女自身の護りを任せられるだけで、私は大いに助かる」
 
 「・・承知しました」
 
 「まあ、といっても町中で、かつ真っ昼間の炎天下だ。斬り合いになど、そうそうならないだろう」
 
 「はい」
 冬乃も、どこかでそんな楽観的な想いなら持ちながら。
 
 二人は呼びつけておいた駕籠に乗り込んだ。
  



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