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五蘊皆空
140.
しおりを挟む(うう、近藤様・・)
部屋に訪ねた時よりずっと。微妙に目を合わせてくれない。
冬乃は背に冷たいものを感じながら、本日の仕事に取り組んでいて。勿論まともに取り組めていないが。
(これって・・ぜったい聞こえてた反応、だよね・・)
沖田と近藤の部屋の間には、近藤の押し入れが挟まっている造りではあり。
つまりは一応、土壁と襖で二重に遮られているわけで、よほどでないかぎり、声が筒抜けることは無い・・はず。
(ようするに、よほどだった・・・てこと・・?)
泣きたくなってきた冬乃が、『でも隣が土方様でなかっただけ、まだ良かったんだ』と前向きな思考をむりやり心掛けているうち、
だが急に近藤が「あ、そうだ」と振り返った。
「今日は御典医の松本様がお越しになる。夕刻に私の部屋で酒宴を設けることになるが、茂吉さんにはすでに伝えてあるので、協力して用意のほう宜しく頼みます」
(あ)
一瞬、目が合ったが、すぐ逸らされた。そのあからさまぶりに心内で完全に涙目になりつつも、
冬乃は、ついにこの日が来たかと、同時に息を呑んで。
今日、近藤と土方が、屯所を見たいと言い出した松本を案内しながら、松本からいろいろ指導を受けることになるのだ。
後世に伝わっている話によれば今日の主な指導は、
清潔を心掛ける事、
病人をきちんと隔離し、看護の者をつけ、医者を定期的に呼ぶ事、
残飯を使って豚と鶏を飼い、食事に役立てる事、
などだったはず。
そして何故か、屯所に浴場を作る事も。
(お風呂ならもうあるんだけどな・・)
恐らく屯所中を案内しきれていないうちに、不衛生な隊士部屋の状況だけで早合点した松本が、浴場を作って彼らをきちんと風呂に入れろなどと言い出すのかもしれない。
なんにせよ、土方もそこで「もうあります」とは言わないところが機転の利く彼らしい。
暫くしてから、「さっそく病室を用意し病人を移し、浴場も設置しましたのでご覧ください」と言って土方は松本の前に再登場し、あまりの対応の速さに驚いた松本に、
「兵は拙速を貴ぶとは言いますので。これが新選組の得意とする事です」と不敵に哂ってみせるのだから。
(あとたしか山崎様に、臨時の医術の伝授もあった?)
そういえばまた最近、色男山崎を見かけない。
今日は屯所に帰ってくるということだろうか。
揶揄い半分で冬乃を誘った前歴ありの山崎だが、組の監察の彼なら内部事情にも精通しているので、冬乃と沖田が恋仲になったことも当然聞いているはずだ。
(でも今度はその方向で揶揄われそう・・)
とにかく今日は、いろいろと忙しそうだと。
冬乃は、激しく気まずいままに、手元の仕事の再開に励む。
いや。
(だめかも・・・・)
励むだけで終わりそうだった。
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