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五蘊皆空

134.

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 (もうむり・・総司さんに逢いたい・・!!)
 
 
 膨れに膨れ上がったその想いに。圧し潰される寸前の冬乃が、原田から入知恵を受けたのは、
 
 あの夕餉の後から、沖田と顔を合わせたのがまたも数える程度となり、早半月は過ぎた頃である。
 
 
 
 
 
 このところ屯所の牢に拘留されていた浪士達も、大方が幕府の牢へ移されるか解放されるかで、
 その間屯所のそこかしこに充満していた殺伐とした雰囲気も、やっと緩和され。
 
 先日にはついに将軍が上洛、
 新選組は二条城まで警護し、その後日にも二条城を出て大阪城へ向かう将軍を警護する大役を、立て続けに果たしたばかり。
 
 
 将軍の京阪滞在中は気を抜けないものの、それでも無事に将軍が入城したことで、新選組も漸く肩の荷を下ろし。
 
 
 
 これで少しずつ隊士達も休めるようになるはずで、沖田ともまた以前のように逢えるようになると、冬乃は期待していたというのに。
 
 (なんで)
 
 沖田ら一番組の精鋭は、そのまま警護体制確立の助勢の為、大阪に残留してしまった。
 
 
 
 始終元気の出ない冬乃をみかねた藤堂からの、優しい励ましに救われながら、沖田の戻りを心待つ冬乃に、
 
 そしてついに今夜やっと帰ってくるという情報を添えて、原田が。
 
 その日の夕刻、
 こう提案したのだった。
 
 
 おむすびの夜食を用意して、部屋に訪ねたらいい。
 帰屯して腹も減っている頃だから、喜んでもらえるだろう。真っ先に逢えるし、一石二鳥だと。
 
 
 冬乃が大歓びで、夕餉の後の厨房を借りに走ったのはいうまでもなく。
 
 
 
 
 
 厨房にはまだ茂吉と藤兵衛が居て、久しぶりに話を咲かせながら、冬乃が沖田の夜食を作り終えたのは、昇りきった月が薄らと、雲の合間から覗く時分だった。
 
 そろそろ帰ってくるはず。冬乃は高鳴る胸を抑えきれず、ちょっと息苦しいなかを幹部棟めざして足早に歩んだ。
 
 
 夜空に見えるは月ばかりで星は殆ど見えないほどに、屯所の中心部は篝火たちで煌々と照らされている。
 冬乃は明るいなかを足元の砂利を踏みしめながら、本格的な夏に向けて数が増えてきた虫を時おり払う。
 
 組の皆して疲れを引きずり、このところ、夜番と守衛以外は早々と寝てしまうのか、
 夕餉もとうに終えた今の時分、すれ違う隊士もおらず、まもなく見えてきた幹部棟にも人の出入りは無く、静まり返っていた。
 
 
 
 そんな夜のしじまのなか、冬乃は沖田の部屋まで辿りつくと、そっと入り。行灯に火を点し、茶の用意のために再び立ち上がった。
 
 縁側から降りて井戸へ向かいながら、横並びの近藤達の部屋を見れば、すでに灯が消えていて。
 
 
 (ほんとに誰もが疲れてたんだ・・)
 なんと夜更かしの土方でさえ、もう寝ているくらいなのだ。
 
 (おつかれさまでした)
 改めて、これまでの激務に耐えた組の皆へと、冬乃は心内で頭を下げつつ、
 井戸場で水を汲み終えると部屋に戻った。
 
 
 あと少しで沖田に逢える。
 
 浮き立つ心は賑やかで、冬乃を落ち着かせることがなく。
 そわそわしたまま冬乃は縁側で湯を沸かして、彼の帰りを待った。
 


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