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五蘊皆空
131.
しおりを挟むその閏五月に。
入る少し前から、新選組は再び慌ただしくなった。
いよいよ将軍が上洛するにあたり、万全の治安体制を敷くためである。
第二次長州征伐阻止を謀り将軍の首でももはや狙っているかの如く、京阪に出没する浪士達が日増しに増え、
池田屋事変の前後の頃のような大捕り物が連日のように続き、同時に大阪へ出張している者も多い上に、激務と梅雨の湿気にやられて病人が増えてきており。
元気に動ける隊士達は誰もが忙殺され。一番隊組長の沖田に至っては、言わずもがなで。
冬乃はこのところ、一日に一度でも沖田と挨拶が交わせればいいほどの状況に、
長らくまともに休めていない沖田への心配と、もちろん逢えない寂しさも相まって、時おり仕事が手に付かず。
今もそんな、目の前の書簡を視線が通り越してぼんやりしてしまった自分に、冬乃ははっと気が付いて、慌てて居ずまいを正した。
以前にも、似たような書簡を整理の最中に見たような、と冬乃はそして集中する。
今の治安強化の活動にあたり、どうやらまた近々、大阪の豪商から資金調達を行う算段らしく。
新選組も大所帯になって、雇い主の会津がいいかげんに資金繰りに困っていることを案じた近藤が、昨年末から数度、自らも豪商達へ掛け合ったばかりだ。
名実ともに今や、まさに泣く子も黙る新選組となって久しいところ、その局長の近藤にまで出向かれては、
いくら近藤が礼儀正しかろうと、豪商達が大小なりとも怯えないはずはなく、彼らが否と言いたかった場合に言えたのか定かではない。
しかも驚いたことには。
(返納不要ってある・・)
いま冬乃が手にしている書簡を見るかぎり、どうやら彼らの中には、はなから返済してもらうを諦めた者すらいるようで。
いや、諦めたのか、新選組と会津による治安維持活動を尊び、喜んで差し出したのかは、もちろん冬乃には分からないが。
とはいえ。
たとい差し出すまではなくとも、彼らにしても、今や隆盛をきわめる新選組に何かしら恩を売っておいて悪い事はない。というより恩を売りたい豪商も当然いるだろう。
(そう考えたら、結構、持ちつ持たれつ・・なのかもしれない)
それにしても大金であり。これだけの貸し付けができるほど、いったい豪商達はその蔵にどれだけの金銀を持っているのか、冬乃は不思議になる。
「冬乃さん、それが終わったら今日はもう休んでもらって大丈夫だよ」
つと近藤が、文机から顔を上げて振り返った。
冬乃も隊士達ほどではないが、近藤の多忙に比例し、以前よりは仕事に従事する時間が増えていた。
気を遣ってくれた様子の近藤に、冬乃は慌てて首を振る。
「私でしたら大丈夫です、ご迷惑でなければもっとお手伝いさせてください」
「もちろん迷惑なわけないが、・・大丈夫なのかい?」
「はい」
冬乃は大きく頷いてみせる。
沖田に逢えない時間は、まだ仕事をしていたほうが紛れて良いからだなんてことを。仕事に時おり集中できないでおいて、とても言えたものではないが。
「そうしたら、お言葉に甘えさせてもらうよ。それが終わったら、次はこれを・・」
近藤の説明に耳を傾けながら、
ぼんやりしていてはだめだと、冬乃はあらためて己に活を入れた。
夜の巡察までの間、久しぶりにまとまった時間が取れそうな沖田は、部屋に戻って仮眠することにした。
(冬乃)
土方へ報告に出向く途中、沖田は己の部屋の前を素通りしながら感じた冬乃の気配に、つい顔を綻ばす。
いや、仮眠しなくてはならないところ、冬乃の存在は今の沖田には、或いは毒なのだが。
土方への報告を済ませ、廊下を戻り部屋の襖を開けた時点で、その感はどうやら的中した。
四つん這いになり畳を雑巾がけしている冬乃の後ろ姿が、いきなり目に飛び込んできたのだから。
少し乱れた裾から細い足首が覗いて、滑らかな曲線をえがく尻から太腿が、服の上からでもくっきりと、その形を露わに。
(・・・目の毒、程度ではないな)
大体、この姿を散々、冬乃は隊士達にみせていたわけだ。
再び丹田の辺りから湧きおこる感情を、沖田は刹那に抑えつけ。
「掃除ありがとう」
襖の音に振り向いた冬乃に、にっこり微笑いかけた。
「総司さん」
なんとも嬉しそうに可愛い笑顔が、沖田を迎える。
(冬乃)
沖田は。もはや素直になった。
すたすたと冬乃の元まで向かい、横に片膝立つなり。冬乃を抱き寄せ。
「総・・っ」
姿勢を崩して当然驚いた冬乃の、慌てるようにくぐもった声が腕の中で聞こえたが、沖田は構わず抱き締める力を強める。
おずおずと、まもなく冬乃の腕は沖田の背へと回った。
「ずっと、こうしたかった」
沖田の言葉に、冬乃が俯いたままに小さく身じろぎした。
どのくらい抱き締めていただろうか。
腕の中の愛しい温もりに、深い安息感と、充足感と。燻るような渇望感とが。沖田の胸内で複雑にせめぎ合うかのようで。
満たされたのは事実。満たされないのも事実。
そのさまに、己で苦笑しながら。
気の向かうままに、任せた。
長らく抱き締める事の叶わなかった、華奢ながら柔らかな冬乃の体を堪能するように、沖田は、
冬乃を抱き締めたまま、彼女の肩から背、腰にかけて服の上からなぞってゆく。
沖田の手の動きに、冬乃が息を呑む様子で再びその身を小さく震わせた。
「そうじ・・さん・・?」
続いた戸惑う声。
沖田の腕の中で俯いたままな冬乃の、醸す緊張は、顔を見なくてもわかるほどで。
沖田は。
ひとつ息を落とし。
「冬乃」
沖田の呼びかけに、ぴくりとして、そっと顔を上げてきた冬乃の。腰周りで己の手を止め。
彼女を覗き込んだ。
「甘えていい?」
「え?」
「膝枕して」
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