碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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五蘊皆空

129.

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 「・・冬乃」
 
 髪を撫でた沖田の手が、つと止まった。
 
 
 その手は次にはそっと、冬乃の目尻から頬へと包むように添えられ。
 零れた涙を拭われたのだと。気づいた時には、
 冬乃の体は沖田の腕の中へと導かれていた。
 
 
 深く抱き締められて冬乃は、その温もりに、安息に。委ねるように目を閉じる。
 
 「今までよくがんばったね、」
 
 寄せる頬に直に伝わった沖田の、冬乃を慈しむ優しい声に数多の情感が込み上げて、
 再び溢れる涙に、冬乃は慌てて目をきつく瞑った。
 
 「冬乃なら大丈夫」
 存分に話しておいで
 
 続いて掛けられたその言葉は、冬乃の心の奥まで沁みわたるように落ちてきて。
 
 
 (総司、さん)
 
 こんなふうに。
 『大丈夫』
 その言葉とともに、貴方に抱き締められたなら。
 
 そう幾度となく切望し、焦がれながら、現実の世に耐えていた日々を。冬乃は一瞬にして想い出して。
 震えそうになる手で、沖田の背の着物をおもわず握り締めた。
 
 
 (総司さん・・)
 
 貴方に逢いたくて、
 幾度も貴方を求め。虚空へ手を翳したあの頃。
 
 この瞳の中で朧げな貴方は、その手を差し伸べて、
 大丈夫と
 笑いかけてくれたけど、

 貴方は体をもたないから
 この手は、空を掴むばかりで
 
 
 支えて今すぐ
 倒れそうなの
 
 何度も。心の声を嗄らしては。
 
 想う痛みに切られ。血を流す心を抱えていた。
 
 
 
 
 「冬乃」
 
 小さく震えてしまった冬乃を。沖田が、より強く抱き寄せた。
 
 かつて救いを求めて、虚空へ伸ばしたこの手は、
 いま冬乃を抱き締める力強い体に、たしかに触れていて。その体温を感じている。
 
 肉体という実体は、
 いま触れていられる、この時だけは、
 こんなにも深い安息感を与えてくれる。

 今だけは、ふたりを隔てる時間もここには無く。
 ・・それなのに、いま冬乃は、
 未だ。
 どこか、もどかしく。
 体に隔てられた、この最後の距離が。
 
 まるで、魂と魂の間の。
 
 
 こんな感覚など、実体を求めていた頃の冬乃には、想像さえしなかったことで。
 
 
 「総司さん・・」
 遂にたまらなくなって、冬乃は声にした。
 
 「まだ、貴方にもっと、近づきたいんです」
 
 どうしたら
 
 貴方に、本当に触れられるの
 
 
 
 「冬乃・・」
 
 
 沖田の手にそっと肩を支えられて、冬乃は身を離された。
 
 覗き込んできた沖田の、澄んだ瞳が。
 困ったように微笑った。
 
 
 「どういう意味に取られるか、分かって言ってる?」
 
  
 
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