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五蘊皆空
125.
しおりを挟む当然に相合傘のままで帰ってきて屯所を横断する二人から、
さすがに今は小路を歩んでいた時ほどではないものの、まだまだ十分すぎるほどの体の密着具合に、
通りかかった隊士達が挨拶もそこそこに、やはり恥じらうように目を逸らしてゆく。
現在、無心を努めている冬乃は、
努めなくても無心さながら飄々としている沖田の隣で、ひたすら前方の地面だけを凝視していた。すれ違う隊士達をいっそ視界に入れぬようにと。
今日は沖田の非番に合わせ、冬乃も休みをもらっていた。
まだ夕餉までは時間が余っている。冬乃は、これからの時間はどうするのだろうと、ついに幹部棟まで近づいたあたりでふと首を傾げた。
「このまま、俺の部屋きて」
その冬乃の心内をまるで読んだかの瞬間を突いて、沖田が呟いて。
「はい・・っ」
あいかわらずながら冬乃は心臓を跳ねさせた。
これから夕餉までどうするかと、沖田も冬乃と同じことを考えていたのだろう。
と普通はそう考えるのだろうし、きっと実際そうなのだろう。
だが、それが沖田相手となると、本当に心を読まれたのではないかと冬乃は勘繰ってしまうのだから、冬乃が、いや、冬乃だけでなく周りからみても、普段どれだけ沖田が人並外れてみえているのかと、冬乃は感慨深い想いにさえなった。
まだ冬乃が隊士部屋で掃除をしていた頃、
新選組なだけに、剣術の話題が尽きない隊士達が、畏怖にも近い尊敬の念をもって沖田の剣技の話をしているのを、冬乃は幾度となく耳にしていた。
侠気があって面倒見のいい沖田のことだから、稽古や仕事では厳しかろうと、やはり慕われており、
その様も、隊士達の言葉の端々から感じ取れた一方で、
どこか同時に、沖田を恐れているかの響きもあり。
それほどに。この武人衆において、沖田の剣術は超越しており、
刃向かえば敵わない存在であることを、その種の心理的威圧を、彼らに与え、刻んでいる。
(そのうえ・・)
普段の沖田の、のさのさしていて、その飄々たる掴みどころのなさは、
冬乃からみると、彼の超越ぶりにもはや輪をかけているとしか思えない。
一つ傘の下で沖田の体温を、すぐ傍らに。冬乃は小さく息を吐いた。
(いつかは、貴方のことを本当に傍に感じられるようになれるの・・?)
今も体は、こんなにも近くにありながら。どこか遠く感じてしまう錯覚に、瞬間的に呑まれる時がある。
それがふたりの間の、時間の絶対の隔たりに、阻まれているせいなのかと。その感だけでも冬乃には苦しいのに。
(貴方は凄すぎて、私なんかが本来、釣り合うはずもない)
なんで好きになってくれたんだろう
聞きたくて、
でも聞く機会を得ないままのその疑問は。少しずつ重くなって、冬乃を苛んでいる。
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