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恋華繚乱
120.
しおりを挟む逢うたびに。別れるたびに。
只々、挨拶のように、
甘く冬乃を蕩かしてしまう抱擁や口づけが続いて。だけど、いつもそれ迄で。
あの最初の夜のようなことは無くて。
(まさか、)
心のどこかで、またあんなふうに・・もっと触れられたいだなんて、
(想ってるわけが・・・)
無い。と、そんな嘘が自分自身に通用するはずもなく。
冬乃は、布団のなか。考えれば考えるほど、そうして先程から横になっているのに眩暈がしていた。
(私って、こんな女だったの・・?)
前に“習った”言葉、
好色。
これが本当に、沖田にたいしてならば、自分は当てはまるんじゃないかと。
冬乃は頭の片隅でぐらぐらと、そんな葛藤に揺れて。
認めたくないわけでもない。認めたいわけでもないけども。
ただひたすらに、
(・・・恥ずかしい)
それでも自分から言えるはずもないので、冬乃はいつも最後にそっと沖田に体を離されるたびに、きっとすごく縋るような顔をしてしまっているのではないかと。
沖田がそれに気づかないはずもないだろうに。
眠る前に、冬乃はそうして、そんなことを思ってしまっては。暗闇のなか毎夜ひとりで顔が熱くなる。
(もぉ・・)
そんな寝つきの悪い夜を、今夜も迎えながら冬乃は。ついに盛大に嘆息し。
(何て言うんだっけ、こういうの・・)
欲求不満。
(・・・)
浮かんだその的確きわまりない言葉は。
そして冬乃を。
撃沈した。
入梅前の曇り空の下。江戸で募った新入隊士達を引き連れて、土方達が帰屯した。
「おかえり!そして新たな同志の皆さん、ようこそ!」
出迎えに居並ぶ隊士達の前、近藤が大きく声を掛け。それを皮切りに皆が口々に、挨拶と歓迎の辞を述べる。
少し離れた位置でそんな様子を見ていた冬乃に、真っ先に気づいた藤堂がにこにこと手を振ったと思ったら、足早に向かってきた。
(藤堂様・・!)
溢れ出る嬉しさに冬乃もつい歩み寄る。
「ただいま、冬乃ちゃん!」
「おかえりなさい、藤堂さま、さん」
遅かった。
さま、と言ってしまってから言い直した冬乃に。
「おしおき、ね」
藤堂が微笑うなり、突如。
(え)
ぎゅうと冬乃を抱き締め、冬乃は目を白黒させて抱き締められるままに硬直し。
「「うおうっ」」
藤堂を追って近くまで来ていた原田と永倉が、そして変な声を上げ。
硬直したまま、藤堂の肩越しに冬乃は、彼らが慌てて辺りをきょろきょろするさまを見た。
離れる気配の一向にない藤堂が、
「・・冬乃ちゃん、」
耳元で囁く。
「冬乃ちゃんに逢えない間、辛かった」
(え?)
「帰ったら言おうと思ってた。俺、冬乃ちゃんのこと・・」
「おかえり藤堂」
(きゃっ)
沖田の朗々とした声が、冬乃の後ろから降って。冬乃は飛び上がりそうになった。
尤も、体は藤堂にしっかり拘束されているため飛び上がってはいない。
「・・ただいま沖田」
未だ冬乃を抱き締めたまま藤堂が、冬乃の背後まで来ているであろう沖田へ、どことなく剣呑な声の挨拶を返すのを耳に、
振り返れない冬乃の目には、固唾を呑んでこちらを見守る原田たちが映った。
「おめえら・・」
(う)
あげく冬乃の背後からさらに響いた、懐かしき天敵の声に。
冬乃は完全に硬直し。
「公衆の面前で、いい度胸だなオイ・・」
続く不穏な土方のその声に、ますます振り返れなくなった冬乃の前で、
「久しぶりに逢えたんだもの、このくらいいいじゃん」
なおも冬乃を抱き締めたまま、藤堂がつんとして返すのへ。
「だったら、俺達にも抱きつけ!」
いろいろと危機感をおぼえている原田と永倉が、そして藤堂を冬乃から引っ剥がしにかかった。
「は?やだよ!」
当然の如く藤堂が抗戦し、
もはや渦中で棒立ちしている冬乃の。
胴は、
そして不意に背後から回された腕に、ぐいっと力強く引かれた。
(きゃあ!?)
そのまま藤堂から離され、背から雪崩れ込んだ先で、
冬乃が吃驚に背後を見上げれば。
「藤堂、」
沖田が片腕に、冬乃をよりいっそう抱き寄せ。
「悪いけど。冬乃はもう俺の女だから」
宣言した。
「公衆の面前で・・・」
隣にいた土方が。
そして遂に、切れた。
「てめえまで何言い出すんだ!?」
「あわわわ」
原田がもはや呻く中。
「てめえら全員、副長室まで来い!!」
帰屯早々で、土方の鬼の一喝が。鳴り響いた。
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