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恋華繚乱

115.

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 抑えきれなかった涙が頬をつたうのを感じ。
 
 (総司さ・・ん・・)
 

 沖田の言う、俺のため、は。
 沖田が此処の世に居るため、の意味でしかないだろう。
 
 
 冬乃の意味する、沖田のため、は。
 当然ただそれだけでなく。
 
 (そして・・私の、ため)
 
 冬乃が。
 沖田を彼の望む最期へ導きたいから。
 沖田との、もう長くはない時間を、片時も離れたくないから、
 最期の時を、決して逃したくはないから。
 
 
 (総司・・さん・・)
 
 
 
 優しい穏やかな口づけだった。
 
 唇を離された時、
 冬乃が目を開けるより前。冬乃はそして、目尻に口づけられ。
 
 「泣いてるの」
 
 少し困惑したその声に、冬乃は静かに目を開けた。
 
 
 「・・幸せだからです」
 
 ――嘘では無く。
 冬乃はまっすぐに沖田を見つめ返して。
 
 
 悲しみと。同じだけの、
 恐ろしいほどの、幸せを。感じていた。
 
 
 
 こんなに大切にされていたこと。
 
 きっと添い遂げようとさえ、想ってくれていること、
 それがどんなに、ふたりには。
 叶わなくても。
 
 (私は・・)
 
 
 これが確かに夢でないのなら、
 
 
 (・・・許されるのかさえ)
 
 
 「幸せすぎて・・怖いです・・・」
 

 罪の意識が、甦る。
 

 
 (お千代さん・・ごめんなさい・・)
 
 
 
 
 冬乃の瞳は再び、溢れてくる涙で霞み。
 
 
 「・・月並みな事しか言えないが、」
 沖田がそっと指先で冬乃の目尻を払った。
 
 
 「どうせ何かしらの原因で、辛くなる日もまた、嫌でも勝手に来る。だったら幸せな時ぐらい、」
 
 冬乃の心を落ち着かせてくれる、沖田の優しく穏やかな声が冬乃を包んだ。

 「素直にそれを享受していて良いんじゃない」
 
 
 「・・・はい」
 冬乃は小さく頭を下げた。
 
 「有難うございます・・」
 
 
 (・・総司さん、そして・・ごめんなさい)



 幸せでいてもいいと。
 沖田が言ってくれるように、まっすぐに受け止められる時が来ることを、冬乃はそっと祈った。
 
 もしも許される時が、来るならば。であるのだとしても。
 

 
 沖田が冬乃を壁から抱き起こし、代わりに自分の胸へ凭せ掛けた。
 後ろからすっぽり冬乃は包まれて、続くそのとめどない悲しみと対の幸福感とで、どうしようもなく再び目を瞑る。
 
 「いつからなのですか・・その、」
 私のことを想ってくださるようになったのは
 
 そして冬乃は、勇気を奮って聞いておきながら、結局消え入りそうな声になった。
 
 
 とくとくと冬乃の心の臓が、鼓動を打つ中。
 沖田がその温かな腕に、冬乃をよりいっそう抱き締めた。

 「泊りに行った後ぐらいから、はっきり自覚した」
 
 
 (え・・・?)
 
 そんな頃からなわけが・・
 おもわず声なく疑って振り返った冬乃を、
 どきりとするほど愛しげな眼が、肯定するように、穏やかに微笑んで見返して。

 冬乃は食い入るようにその眼を見つめた。
 

 (だって、あの頃・・は・・)
 
 未だ冬乃が、沖田と千代の運命に対して、どうすればいいのかもわからぬまま、なんら覚悟もできず延々と悩んでいた時期ではないか。
 
 
 (・・・そんなのって)
 
 
 まさか、冬乃の存在そのものが、
 本来の運命で結ばれていた二人を引き裂く“手段”となることを。あの頃の冬乃に、どう想像できただろう。
 
 
 
 「冬乃は?いつからなの」
 
 (あ・・)
 沖田の問いに冬乃は、咄嗟に目を逸らして前へ向き直った。
 答えられるはずがなく。


 貴方に逢う、ずっと前からです
 
 そんなことを言ったら、
 今度こそ、重たいと思われてしまうだろう。
 
 いや、
 重たい、以前に。理解すらされまい。
 
 
 「・・・・秘密です・・」
 
 そして沖田に背を向けたまま。そんな返事しか結局できずに。
 
 「・・秘密?」
 苦笑した声が当然、落ちてきても。
 
 冬乃は俯いて。
 
 
 
 (ほんとうは)
 
 冬乃がほんの幼い少女の頃に彼を知って以来、ずっと想い続けたこと、
 それさえも。
 もっと・・遥か、前からさだめられた、必然だと。
 何故かそんなふうに感じてきたなんて。

 
 (言ったら、絶対もう、ひかれちゃいそう)
 
 だが信じるひとはそれを、前世から、とでも呼ぶのだろうことを。
 
 
 (・・前世からというものが、どういうことなのかはよく分からないけど)
 
 
 運命、だと。
 
 すくなくても冬乃にとっては。
 そう言いきってしまえるほどに。もう、
 
 冬乃の身に起こり続ける、もはや偶然なんかではありえない、必然な、この度重なる奇跡のなかで。
 
 ずっと冬乃は。確信していて。
 
 
 この、沖田に関しての強まる使命感とともに。



 (だから・・)
 
 ――――きっと冬乃が、
 
 
 「・・・総司さんが。想像も、つかないほど前から、・・です」
 
 
 
 
 「冬乃、」
 沖田がふと冬乃の耳元で囁くように、冬乃の名を愛でて。
 
 「如何してそう・・可愛いことばかり言うの、貴女は」
 
 (え?)
 言うなり冬乃をきつく抱き包めた逞しい胸板に、両の腕に。冬乃は息をついた。
 
 「総司さん・・?」
 そんなふうにされたら。包まれ与えられるその深い安息感に、冬乃の小さな背は、うっとりと沖田の腕の中へ溺れてしまうのに。
 
 (抜け出せなくなりそう・・)
 
 ここが冬乃の大好きな場所だということを。沖田はどこまで分かっているのだろう。
 
 「・・冬乃」
 もう一度。
 冬乃の耳元に低く優しい声が、落とされ。
 沖田の片腕が、つと冬乃から離れ、後ろへ戻っていった。
 
 その手が次には冬乃の髪を、片方へ流しながら掻き上げて、
 うなじへと冬乃は、かなり強い口づけを受けた。
 
 
 息を呑んだ冬乃の、
 視界に。冬乃の体をまだ包んでいた、もう片方の腕が上がってくるのが、映って。
 
 そして、前からそっと冬乃の片襟の、内へと手が挿し入れられ。鎖骨へと這わされた。
 
 「…っ」
 同時に冬乃は髪を掻き上げられたままのうなじへと、今度は優しく掠るような口づけを幾つも受け。その擽るような熱は、
 冬乃のうなじの線を、ゆっくりと辿りおりてゆき。
 
 (あ・・)
 「冬乃、・・」
 
 幾つもの、その優しい口づけとともに、
 冬乃の襟内へ潜っていた熱い手が、冬乃の肩から、片襟を徐々にすべり落とし、
 
 露わになる冬乃の肩まで、
 うなじから辿ってきた彼の口づけは続いて。
 
 「…ん……っ……」
 つい声が漏れて、冬乃は、
 
 「……は…ぁ……」
 そして肌の上で増してゆく彼の熱に、自分で驚くほど、艶を帯びた吐息を零してしまい。我に返るような羞恥に、咄嗟に沖田から逃れようとして。
 
 許されず。冬乃はかえって後ろの沖田へ引き寄せられ。
 
 (総司さ・・)
 まるで、逃げようとした罰のように少しだけ強引に、
 冬乃の肩を掴んでいた沖田の手が不意に下って、襟内を今度は深く這入り込んだ。
 
 驚いた冬乃の、乳房をその大きな手が次には深々と包んで、
 同時に、
 冬乃の髪を掻き上げていた手も、下りてきて再び冬乃の胴を包み込み、拘束してしまい。
 
 (総・・っ)
 
 しっかりと、背後の沖田へ捕らえられてしまった冬乃が、もがいても当然びくともせず。冬乃は。沖田の手が、そのまま冬乃の胸をゆっくりと揉むのを感じて、瞳に映ったその手から慌てて逸らして。
 
 「や…め…恥ずか…し…」
 弱く。
 そんな訴えしか、できずに。
 
 
 ふっと冬乃の耳元で、沖田の微笑う声が続いた。
 「慣れて?」
 ・・・からかうように。
 
 (そんな・・)
 「ん…っ」
 
 沖田の長い節くれだった指に先端を摘ままれ、冬乃は息を揺らした。
 刀を扱う、その太く硬い指先は。
 驚くほど優しく繊細に、冬乃の胸の先を愛撫して、
 
 「…ぁ…あ」
 
 まもなく冬乃はふたたび零れだす吐息を、抑えることができないで。浅くなる、自身の呼吸に。どうしていいかわからないまま夢中で顔を背けた。
 
 「冬乃・・」
 再びうなじに受けた口づけは熱すぎて。
 
 溶かされそう、と。目を瞑ればくらくらと、ふらつく体を背の沖田へ、もはや凭せ掛けながら冬乃は震える息で小さく、喘いだ。
  
 
 
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