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恋華繚乱

114.

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 立っていられるだなんて答えておいて結局、しっかり脱力して座り込んでしまいながら。
 冬乃はこれまでの怒涛の出来事を、一旦一人になったことで、やっと振り返る機会を得て。
 
 (わ・わ・・)
 
 そして振り返りながら、最早。
 
 
 座っているのに、倒れた。
 
 
 ずずずと壁に、崩れた背を凭せかけ、
 冬乃は激しさがさらに増した心拍の、引き起こす息苦しさで眉を寄せる。
 
 (ふわああああ)
 混乱どころではない。
 
 ひとつひとつ思い起こすたび、顔からもし火が出せるなら、ドカンと噴火している事態で。
 
 胸の先端を沖田に唇でふれられたことも、当然、思い起こして、
 冬乃は破裂寸前な動悸に、背の壁を際限なくずり落ちながら顔を覆った。


 最近の冬乃は、制服で来た時以来の唯一の下着を、毎夜眠いなか洗って干して使うことに疲れていて。この時代の着方に倣って、まとめて洗えるだけの数がある襦袢で済ませていた。
 だがもし今も、平成の下着を着けていたなら、あんなに簡単にふれられることも無かっただろうに。
 
 (・・とか言って、)
 
 彼に触れられたことは。当然、嫌だったわけではなく。
 どころか、
 ただ想い起こすだけでも、口づけられている時と同じような、甘い痺れすら身の芯を奔る。
 
 つまるところ、只々恥ずかしくてどうしようもないだけで。
 
 
 一方で冬乃は、感じていた漠然とした不安を、今も胸奥に抱えていた。
 
 体が密着を繰り返すたび、あの時。冬乃の体の脇に時々当たった刀とは別の、何か硬いものが、冬乃の体の前にも幾度となく当たって。
 今にして思うと。
 
 (あれって・・)
 
 どんなに経験が無い冬乃でも、当然聞いている。男性が、どういう時にどうなるかくらいなら。
 
 
 (でも・・)
 
 いつかの時、
 冬乃は沖田が、冬乃に対してそういう気持ちにはならないのだと、一抹の寂しい想いとともに結論づけたことがあった。
 
 (あの頃はそうで、今が違うの?)
 疑問は甦る。
 
 何故、急に、沖田の心境に変化があったのかと。
 
 昨日までは確実に相手にされていなかったのに、今日の夕方までに、いったい何があったのだろう。
 
 
 (・・・だめ、あたまがぜんぜん働かない・・)
 
 
 
 もしかして、これはやっぱり、すごく良く出来た夢なのでは。
 
 再び辿りついたその可能性に。瞬間、冬乃は最大の力を籠めて腕をつねってみた。
 
 「痛ったあ!」
 
 
 ただの自虐行為に、涙目になった時。
 
 襖が開いた。
 
 
 
 
 「・・・何やってんの・・」
 
 
 呆れた声とともに、襖が閉まり。
 愛しい声の主が近づいてくる。
 
 
 「あの、沖、総司さ・・ん」
 
 壁を背にして大分ずり落ちたままに、今の痛みで放心ぎみの冬乃の傍へ、片膝をついた沖田を。冬乃は見上げた。
 
 「どうして・・急に、お気持ちが変わったのですか・・」
 
 「・・というと?」
 「総司さん、は私とは付き合えないと・・昨日、永倉様へ言ってたのに・・」
 
 
 「ああ、」
 
 ぼうっと冬乃が見上げる前、沖田が手を伸ばしてきた。そっと頬を撫でられる。
 
 「冬乃がもう帰らないのならば、想いを抑える必要は無いから」
 
 「・・え?」
 「俺はずっと冬乃を好きだった、って事。急に気持ちが変わったのではなく。隠してただけ」
 
 
 「う、そ・・・」
 
 いま耳に届いた言葉が俄かには信じられず、冬乃は唖然と沖田を見つめた。
 
 「本当」
 沖田が微笑う。
 
 「どうし・・て、隠して・・」
 
 
 「・・わからないかな」
 沖田が胡坐をかいて座り込んだ。
 
 「そもそも冬乃は、自分の意志で行き来することも叶わないでいた、」
 
 「そのうえ未来が、貴女の本来の世である以上。いずれは此処へ永久に戻ってこなくなる日がくるだろうと。」
 言いながら、沖田が段々と苦笑しだす。
 ここまで聞かなきゃ分からないのかと言いたげに。
 
 
 「そんな冬乃と、無責任に一時の関係に興じるわけにいかなかったから、に決まってるだろ」
 
 そうして溜息とともに伝えられた、その言葉は。
 
 冬乃の心に、少しずつ。沁みわたってゆき。
 
 
 (・・・それ・・で・・)
 
 もう行き来の自由が利くようになって。次でもう、ずっと帰らないと。
 冬乃があの時、沖田に告げたことで。
 
 
 『冬乃がもう帰らないのならば、想いを抑える必要は無いから』
 
 
 
 沖田の最初の言葉の意味を、冬乃はやっと理解した。


 
 沖田が冬乃の想いに、とうに気づいていながら。
 
 そこまで、冬乃のことを大切にしてくれていたのだと。
 
 
 (・・貴方なら、私を)
 どうにだって、できたことなんて。
 
 分かっていただろうに。

 それこそ、冬乃の先の事など考えず、
 
 恣にしようと思えば。いくらだって、好きなように。
 
 
 冬乃が。その場になったら、沖田を拒めるはずがないことを。
 冬乃自身、なにより分かっている。
 
 
 
 
 だからこその、
 
 この不安も。
 
 
 
 
 (だって私自身がどんなに、拒めなくても)
 
 
 過去と未来の時間を隔てる一線を
 超えてはならないはずであることに、変わりはない。
 
 
 何故なら――――冬乃は帰るのだから。
 
 あと三年に迫った沖田の最期を、見届けた後に。
 
 
 だがそれを沖田に伝えるわけにはいかない。
 
 
 沖田があと三年の命であることを、
 
 冬乃が、もう『二度と』帰らないのは。
 あくまで、その三年間ということを。
 
 
 
 沖田のほうは当然、冬乃が此処の世に一生いると決めたのだと。思っているはずだ。
 次が最後でもう『二度と』帰らないと。
 
 
 今の沖田の話からすれば、
 そうでなければ、想いを打ち明けてなどくれなかっただろう。
 
 冬乃がいずれは元の世界に帰るなら、
 一時の関係、に変わりはないのだから。
 
 
 
 (・・貴方の心配してくださっていた事は、)
 
 本当は未だ、今もそのままで。
 
 
 それは、同じ、冬乃にいま生じている不安であり。



 だが伝えようのないもの。
 
 
 
 
 瞳の奥が涙で滲んできて、冬乃は慌てて瞬かせた。


 (どうして・・・こんな・・)
 
 
 沖田が一時の関係を否定してくれるなら、
 
 つまりこの先もずっと、冬乃と添い遂げようとしてくれている。ということになるではないか。
 
 
 それなのに
 
 
 
 
 
 
 
 「冬乃」
 
 その呼びかけに冬乃は、はっと沖田を見返す。
 
 「もう帰らないと決めたのは」
 
 沖田が冬乃の髪を撫でた手を流し、そっと冬乃の顎を上げた。
 
 「俺のため?」
 確かめるように。
 
 確かめなくても・・お見通しですよね・・。冬乃は震える胸の内で、呟く。
 
 
 「はい・・」
 
 
 囁くように答えた、
 答えるうちから沖田の顔が近づいてきて、答えの音の、途切れぬうちに口づけられ。
 
 
 一瞬に溢れそうになった涙を、冬乃は閉じた瞼に隠した。
 
 
 
  
 
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