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恋華繚乱
113.
しおりを挟む(待つって何を・・)
「きゃ、沖…っ…!」
胸の谷間に口づけを受けた冬乃は咄嗟に、逃れようとした。
だが沖田に両手を括られていて腰も押さえられたままの、冬乃の体は動きようがなく。
その間にも冬乃の片襟をその口に咥え、ゆっくりとずらしてゆく沖田に、
冬乃の胸元の肌は、徐々に露わにされてゆき。
「…ゃ、恥ずか……沖…田さま、や…めて」
全身を迫り昇るようなあまりの羞恥感に、
冬乃はなお抗って襟を閉じたくても、沖田に括られた両手は、びくともせずに。
ついには沖田の唇が、咥えながら開いてゆく襟下に現れた、冬乃の片胸の頂をかすり、
「ぁん…!」
かすった瞬間に、冬乃の体はびくりと跳ねてしまい。
もはや次にされる何かに、構えて冬乃は、きゅっと目を瞑った。
「・・?」
しかし何も起こらず。
冬乃がおもわず薄目を開けると、
いつのまに沖田が襟を口から離したのか、冬乃の顔の前まで戻ってきた。
「今日はこのへんにしとく・・」
零された、熱を帯びたその声は。
気のせいか。
「もう少し貴女に触れていたいところだけど、」
「これは思った以上に、我慢できそうにない」
ちょっと、悔しそうで。
(え・・・我慢?)
「まあ・・いい」
冬乃の首すじの、その薄くなった二つの痕をなぞるように沖田が、次には口づけてきて。
「少しずつ、ね」
そのままちろりと見上げられたその眼は、挑戦的に、微笑った。
「それと、」
沖田が屈んでいた姿勢を戻し、冬乃を優しい目で見下ろす。
「その沖田様、ってのを止めようか」
「え・・」
「総司でいい。敬語も要らない」
「それはあまりに難しいです・・」
即答した冬乃に。
「仕方ないな」
例のごとく沖田が微笑う。
「呼んでみて今」
(そんな)
「呼ぶまでこのままだけど」
ちらりと沖田の視線が、
冬乃の半分以上露わになったままの片胸へと向かった。
「これはっ、だって、沖田様がなさったことなのに・・!」
ん?
と悪戯な眼が返ってきて。
冬乃は薄闇の中、顔を赤らめた。
たしかにこのままは、つらすぎる。
状況をはっきり認識させられて、もはや飛んで逃げてしまいたいのに、冬乃の両手は未だ沖田に頭上に括られ、腰は支えられ、そうして壁との間に挟まれたまま、
只々、露わな乳房を、沖田へ曝しているという状況で。
(い・・じわる)
女には性分をみせないから安心しろ、みたいなことを言っていた永倉へ、
沖田は冬乃に対しても十分にドSのようですが、と咄嗟に伝えたくなる。勿論ドSでは永倉に通じないけども。
「ほら」
早く。
冬乃は促され。
「そ・・」
ふるふると、声を震わせた。
「そうじ・・・さま」
「総司様、じゃないだろ。それじゃ変わらない」
即行で沖田が苦笑した。
「・・・」
沖田はそう言うが、
乳房を曝したまともじゃない状況な冬乃の身にもなってほしいものである。
(そういえば沖田様は、大体もう何度も、私の裸なんて見てるんだっけ・・)
なんだか、だんだん憎らしくなってくる。
と同時に冬乃は驚いた。
まさか沖田に対して、こんな感情が芽生える日が来るとは。
いいかえれば、冬乃の側がむしろ沖田に対してこれまで張っていた壁を、
まるで沖田がいま取り壊しにかかっている、といったところか。
そうと知ってか知らでかは分からないが、
沖田の事だ。
(わざと・・だったりして?)
おもわずじっと見上げれば、
ますます意地悪な眼差しが見返してきて。
「~~っ」
冬乃は。
「そう・・・・じ・・・・・・・」
ついに、がんばった。
「・・・さん。」
「・・・・」
うーん
と。どこか納得していなさそうな表情が、冬乃の瞳に映る。
「まあ・・・それぐらいならいいか」
許可がおりたようで。
「あの、じゃあ・・襟を戻してくださ」
「敬語」
つづけざまに指摘され、冬乃は押し黙る。
「だ、だって」
冬乃は咄嗟に反抗した。
「沖・・総司さ、んだって、私のコト貴女って呼ぶじゃないですか」
「・・それが?」
沖田は面食らった様子で、聞き返してきた。
「『おまえ』とかじゃありませんし。『貴女』って丁寧です」
「・・それはべつに、それで呼び慣れているからで、丁寧のつもりでもないよ」
どこか。冬乃は、沖田が露梅のことはおまえで呼んでいたことを、心の奥でずっと気にしていた。
その呼び方の違いが。
時間軸に囚われた冬乃には越せない、絶対的な距離の象徴のようにすら感じて。
―――距離。
露梅は。沖田に抱かれてきたのだ。
この先も、冬乃には叶わない、その距離を。あたりまえのように、超えて。
冬乃は小さく溜息をついた。
「同じです。私も敬語慣れしてしまって、突然変えるなんてむりです」
見上げる先、沖田が何故か、すっと目を細めた。
「呼んでほしいの?おまえで」
「え?」
降ってきた、その予想外の返しに、冬乃のほうは目を瞬かせていた。
「そのぐらい、容易いけど。『おまえ』が好きな呼び方で呼ぶよ、なんなら『君』でも『子猫ちゃん』でもね」
いやどちらかというと冬乃は仔犬か。
と、冬乃がやっぱり・・と嘆息したくなる呟きまで添えて、沖田が笑ってきた。
(・・・あっさりすぎる・・)
冬乃の思い悩んでいたことが、ウソのように。
(・・・もう。)
ずるい
冬乃は、胸内で白旗を振るしかない。
こんなふうに何度でも、沖田は冬乃を惚れさせて、
とどまるところが無いのだから。
「やっぱりどちらでもいいです・・何でも・・沖、総司さんが、呼びやすいもので」
「ならとりあえず貴女でいい」
はい、と冬乃はにっこり頷いた。
「で、もうすっかり胸を曝すことに抵抗が無いようだから、」
つと続けられたその台詞に、
次には冬乃は、我に返って慌てた。
「抵抗あります!大いにっ」
「そう?・・残念。次はどうしてやろうかと思ったのに」
「っ・・!?」
これ以上、弄られてはたまったものではない。
冬乃は観念した。
「敬語は、がんばって無くすお約束しますので、どうかもう少しだけお時間をください」
ふっと沖田が、そのいつもの余裕の笑みになって微笑んだ。
「まあ、初めから全て変えられるとは、どうせ思ってなかったけどね」
「・・・」
やっぱりちょっと、憎らしいかも。
「他人行儀が凄まじい『沖田様』じゃなくなるだけでも、まずは良しとするよ」
やっぱりきゅんとしました。
(沖・・総司様・・・じゃない、総司さん)
冬乃の側で慣れるのは、かなり大変そうだが。
(そういえばちょっと『君』とか『子猫ちゃん』とかでも呼ばれてみたいかも・・)
おもわず想像して勝手に赤面した冬乃は。
「もう立てる?」
「え」
不意に覗き込まれて。どきりと沖田を見上げた。
(あ・・)
確かに、腰が砕けたようなあの感覚は、そういえば治まっている。
「はい」
冬乃が頷くと、沖田の腕が抜かれた。続いて両手首も解放されて。
と同時に冬乃の襟は、沖田の手によってそっと直された。
「苛めてごめんね?」
沖田が邪気たっぷりの笑顔で、挙句にっこりと哂った。
「・・・」
冬乃はおもわず剥れる。
「・・何その可愛い顔は」
あろうことか沖田がそこへ反応した。
(か、)
可愛い、と。そういえばあの夕焼けの中、窒息しかけた二度目の口づけの時にも、その台詞をさらりと言われたが。
今の台詞はきっとからかいにせよ、
沖田はこういう甘い言葉を平気でこれからも言いそうな気がする。
おもえば彼のこの部屋で、初めて抱き締められた時も言われたのだった。
「・・・」
黙って上目に沖田を見返したまま、つい頬を染めた冬乃を。
沖田が次には抱き締めてきた。
「それから、他所であまり・・男をそうやって魅惑しないように」
沖田の低い溜息まじりの声が、冬乃の耳元で吐かれ。
(・・み?)
冬乃は意味が分からず首を捻る。
「先生がお戻りだ」
つと沖田が、そのまま唐突に呟くなり、冬乃から身を離した。
見上げた彼の顔はどこか名残惜しそうに、ふーっと溜息をつく。
(沖・・総司さ・・ん)
そんな、
沖田の顔も。また見たことが無かった冬乃は、胸内を再び締め付けられて。
今夜はもう、この短時間の間で何度も、初めて見るもの、聞くもの、・・されるもの、ばかり。
(総司さ・・)
「総司ーーー帰ってるかーーー」
同時に。
玄関のほうから近藤の声が響き。
瞬く間に足音が、部屋の前まで来た。
「ええ、帰ってますよ」
冬乃から離れ、沖田が襖へ向かう。
「先生もおかえりなさい」
「あ、ああ!ただいま」
沖田が開けた襖の前で、近藤が沖田を見上げてにこにこと微笑い、ふと部屋を見やった。
「て、灯りも点けないでどうしたんだ」
「俺達も今しがた帰ったとこですので」
沖田がけろりと返した。
「お、そうか。冬乃さんもおかえり」
冬乃は壁前に立ち尽くしたまま、慌てて会釈を送る。
「総司、ちょっとこれから書簡の整理の手伝い頼めるか、夕餉まででいい」
「はい」
沖田が冬乃を振り返った。
「此処で、待っててくれる?」
「はい」
襖が閉まるとともに。
冬乃は、その場にへたり込んだ。
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