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恋華繚乱
106.
しおりを挟む後方から追って来る人数が急に増えたようだ。
先程、置屋を出た時点で沖田は、僅かな殺気を感知し。
どこぞの二階から、駕籠に乗り込む沖田を認識して、そのまま慌てて出てきたのだろうが。
やはり追って来た彼らが、しかしどうやってこの人数をその後の短時間に集めたのかと、感心してしまう。
さすがにこのまま悠長に駕籠に乗り続けていれば、そのうち追いつかれた駕籠かきが斬られるだろう。
「全速力で、次の袋小路まで走り、奥で道を塞ぐように駕籠を置け」
「へ!?」
「後ろから刺客に追われている」
「へ、へい!」
新選組から乗せてきた以上、多少はこういう事態も覚悟していたのか、駕籠かきの反応は早かった。
「急げ」
前を走る冬乃を乗せた駕籠かきも、沖田の声を聞こえていた様子で速度を上げた。
最初に迎えた袋小路へ曲がり、駕籠かき達は沖田に言われたように奥の行き止まりまで辿り着くと、慌ててそれぞれ横向きに駕籠を下ろし。
「冬乃さん、と御前達も」
頭巾を外していなかった様子ですぐに駕籠から出て来た冬乃と、駕籠かき達に、呼びかけた。
「駕籠の後ろへ」
駕籠と奥の壁とに挟まれた空間へ、冬乃達が避難したのを見届け、
二挺の駕籠を背に、沖田は道の中央まで歩む。
まもなく追いついてきた浪士達が、小路の入口で止まるなり、いずれも直ちに抜刀した。
締めて六人。
「ひいぃ・・!」
浪士達の背後を通りかかった町人達が悲鳴を上げ、
未だ夕の色もまだらな空の下、彼らからすれば突然の事態に、騒然と逃げ出してゆく中で。
浪士達は、じりじりと沖田のほうへ一歩ずつ近づいてくる。
沖田は納刀したまま、浪士達を見据えた。
この狭い路地の幅に、並べても二人ずつが限度のところを三人並んで詰めてくるさまに。
沖田は、そして溜息をついた。
「やめておけ。おまえ達では、俺に勝てない。此処でその命、散らすことは無い」
「何だとっ・・」
沖田の放ったその台詞に、沖田の間合いの数歩前まで来ていた浪士達が、いきり立って声を荒げた。
「馬鹿な!この人数相手に何を言うか!?」
「貴様の目は節穴か??」
「死ぬのは貴様だ!!」
入梅前の生ぬるい風が、つらりと路地を駆け抜ける。
「・・・忠告はした」
沖田は。鯉口を切った。
「そんなに死にたいなら来い」
袈裟に打ち込んできた男の一刀が降りきるを待たず、半身でかわすと同時に沖田は、男の首を抜き打ちで飛ばし、
片手で返す一閃で、今の男の隣で突きを繰り出していた者と、まだ振りかぶっていた者、二人の喉元を、立続けに首の皮一枚を残して横合いより薙ぎ払いざま、下がって返り血を避けた。
時にして一瞬で三人が、ほぼ同時に崩れ落ちるのを前に、残る三人が怯んだ、
その隙を。沖田は敢えて狙わず、
血糊を払った刀の切っ先を彼らへ向ける。
「続けるか・・?」
「ッ・・」
案の定、たちまち戦意を喪失した三人が、逃げるためか形勢を立て直すためか今にも退こうとするのを、
「いつ退いて良いと言った」
沖田は留めた。
「勝手に動けば斬る」
三人は即座に諦め。恐々と沖田を見返してきた。
「刀を納め、腰から両刀を捨てろ」
三人がそれぞれ従って震える手でどうにか刀を納めると、腰から鞘ごと抜いて地に落とし。
鈍い音を立てて大小の鞘が、先の三人の血溜まりの内に跳ねた。
沖田が納刀し、その血塗れの骸を跨ぎ。
「両腕を背に回せ」
再び沖田の手が腰の刀のほうへ向かうのを、目にした三人が怯えた顔になるのへ、
「後ろを向け」
沖田は刀の下げ緒を引き抜き、
「おとなしくしていれば悪いようにはしない」
そう宥めてやりながら、
背を向けて両手を見せてきた彼らの、それぞれの手首へと巻き付け、纏めて一括りに縛り上げる。
「駕籠かき、こっちへ来てもらえるか」
三人に繋いだ下げ緒をもう一巡巻きながら、沖田が背後へ声を掛けると、
暫しの躊躇の気配のち、駕籠かきのうち兄貴分二人が、沖田の斜め後ろまで出て来た。
「へい・・っ」
「悪いが二人で近くの番所まで、後処理の者を寄越すよう連絡に走ってくれ」
駕籠かきは、つと地に横たわる三人の骸を強張った顔で見やって、無言で頷くと、大きく血溜まりを避けて道へと走り出て行った。
「来い」
下げ緒をぐんと引き、沖田は縛り上げた三人を路地の奥へ連れゆく。
血溜まりをうまく跨げなかった彼らの、足元が更に赤に濡れ。
三人纏めて背に両手を括られた不自由な姿勢で、沖田にゆっくり引かれながら進んでくる姿を、
駕籠の後ろから怖々と覗く残る二人の駕籠かきと、どこかぼんやりしている冬乃が見つめた。
沖田が人を斬るのを初めて見た冬乃は、自身で驚くほどそれを冷静に受け止めていて。
いや。
受け止めているのかどうかもわからないほどに。
唯々感覚が、麻痺しているかの、動揺の無さ。
そんな自分を恐ろしいとさえ、感じる。
それほどに冬乃の目には、
只、映像のようだった。まるで、
よくできた映画の、一場面のように。
あまりにも、鮮やかで、疾風のような。
一分の無駄な動きも無い、
まばたきの合間の出来事。
喉を裂かれた彼らの死には、断末魔の悲鳴すら伴わず。
だからなのか。
(わからない、けど)
地を見れば、赤の池に横たわる三つの屍と、離れた位置に男の首が転がってさえいるというのに。
それすらも。
どこか現実味を欠いて。
(どうしちゃったの・・私は・・)
なにより。
沖田になら
殺されてもいい
そんなあたりまえな、想いなど超えて。
(沖田様、貴方に)
殺されたいとさえ。
一瞬に、思ってしまっていた。
(きっと痛みも苦しみもなく・・彼らは死ねただろうから・・)
彼らが確かに、ほぼ瞬時に意識を失っての即死だったことを。
冬乃は祈りながら、
そんな想いを抱える自身に、慄いた。
駕籠の前まで連れてこられた、すっかり蒼褪めた浪士達が、誰ともなく腰が砕けたようにへたりと座り込む。
駕籠の後ろからそのさまを見て冬乃は、沖田のほうへ目を向ける。
「おまえ達は、このところの、隊士を襲っては逃げてばかりの奴らとは違うようだな」
彼らを見下ろしながら沖田が前触れもなく、言った。
「・・・」
「たいしたものだね。・・そうまでその命を懸け、俺ひとり葬ったところでどうなる」
冬乃の見守る先で、沖田が哂った。
(・・え?)
流れが、よめない。
(どういうこと?何で未だ、・・)
闘いが続いているかのような台詞を。
「・・・貴様は禍々しき新選組の、巨擘」
沖田の声音の変化に気づいていないのか、浪士達がただ小さく吐き捨てた。
「血祭にあげるに十分、値する」
「だから、」
沖田が。もう一度、哂った。
「そこにおまえ達が命を懸ける意味があるのか」
(あ、)
沖田の声が落とされるのと、
座り込んでいた浪士達が動いたのは、同時だった。
(隠し武器・・!)
冬乃が。駕籠の後ろから咄嗟に飛び出て、
浪士が放った懐剣のように小さな矢が、そんな冬乃の前を一瞬早く飛んでゆき、
同じく何かが目の前を通過した、
続いて浪士達が、言葉にならぬ叫び声を上げ。
冬乃は、立ち尽くしたまま何が起こったのか分からず、咄嗟に沖田を見て彼が無事なことを確認し、目の前で座り込んだままの浪士達を見た。
今、沖田へ隠し武器を放った浪士の、手には深々と小柄が刺さっており。
「冬乃ッ」
刹那に、鋭く沖田の声が冬乃の耳に届いた、
次には冬乃の腕は沖田に引き寄せられ、沖田の背後へと押しやられて、
先程に自分達で後ろ手に縄を切って自由になった腕で、浪士達が立ち上がるなり、各々その手に隠し武器を構えるのを。
沖田の背後で壁まで後退り冬乃は、息を呑んで見つめた。
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