碧恋の詠―貴方さえ護れるのなら、許されなくても浅はかに。【現在他サイトにて連載中です(詳細は近況ボードまたは最新話部分をご確認ください)】

宵月葵

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恋華繚乱

91.

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 あれから当たり前だが予定時間までに各所の掃除が終わらず、外庭の箒がけはいったん中断し、
 夕餉の後片付けが終わってから、残りの掃除をなんとか終わらせた頃には、すっかり夜も更けていた。
 
 お孝から、もっと手を抜いてええんよ、と再三に耳打ちされているが、
 冬乃は自分でも馬鹿らしくなるくらい、やり始めるとしっかり終わらせるまで頑張ってしまう。
 因果な性分なのかと溜息をつき、冬乃は箒を引きずりながら部屋へとやっと戻ってきた。
 
 
 (どうしよう、間に合うかな)

 風呂である。
 
 普段なら、夕番の巡察から戻った幹部が、夕餉も済ませて風呂を使い終わった後で、かつ、夜番の幹部が帰ってくる迄の、
 その間の比較的長い空き時間に、使わせてもらっている。
 
 男達も、その時間は冬乃が使っていることを了承していて、決して入ってはこない。
 どうしてもその時間帯に風呂に入りたいときは、平隊士棟の風呂場へ行ってくれるほどだ。
 
 
 だが、今日はこうして遅くなってしまったために、その冬乃に与えられている空き時間は、かなり短くなっており。冬乃は躊躇していた。
 
 
 それでも、夜番の幹部が帰ってくる時間は、通常この時間からでも、まだあと一時間くらい、つまり半刻は先であるはずだが、
 
 半刻くらいなら前後することは大いにあり、もし今夜は早く帰ってきてしまえば、冬乃が使っていたら鉢合わせてしまう事態になるのだ。
 
 
 いっそ、夜番の幹部が戻って使い終わるまでを待っている手もあるものの。

 (でも・・)
 もし逆に、通常より遅く帰ってきた場合、
 彼らが風呂も終えるのを待っていたら、相当に深夜になってしまう。
 
 連日の仕事尽くめで疲れている冬乃は、もはや起きていられるかどうか自信がない。
 
 
 やはり、今から急いで入るより他ないだろうと。
 
 まもなく冬乃は意を決して、着替えを用意すると部屋を出た。
 
 
 
 
 
 心臓に悪い。
 
 冬乃は決意して来たものの。脱衣所で脱いでいる時から、内心はらはらしていた。
 江戸時代の風呂場の造りでは当たりまえなのか冬乃には謎だが、脱衣所と洗い場の仕切り戸がないのである。扉を開けられてしまえば、その時点で、奥まで見通せてしまうのだ。
 物音を聞いて洗い場から「入ってます」の声をかける時間すら持てないということ。
 
 
 部屋に筆記用の墨壺を用意していない冬乃は、いちいち墨をすって書いている時間など無いから、もちろん戸に張り紙すらできてなく。
 
 かといって、扉に内側から箒か何かの棒を立てかけて開かないようにする、というのも、なんだか感じが悪い気がしてしまう。与えられた時間の、もっと早いうちに入っておかなかった冬乃がいけないのに。・・気遣い過ぎかもしれないものの。
 
 もっとも、彼らにとっては普通の力で勢いよく開けられれば、そんな棒も折れるだけだが。
 
 
 
 (どうか、早く帰ってきてしまいませんように・・)
 
 持ち込んだ手燭を脱衣所に置いたままに冬乃は、木の板が敷き詰められた、水はけのために傾斜のある洗い場を踏みしめる。
 
 淡い光のなか、風呂桶とは別にある掛湯用の桶から、湯を汲んで体にかけて。心を鎮めようにも無理な話なので、冬乃はひたすら急いだ。
 
 今日は体を洗うだけで済ませるしかない。湯に浸かっている時間は無く。
 もっとも沸かし直してすらないから、この掛湯同様、だいぶ冷めているかもしれないと。
 思いながら、あと少しで終えられる、という時。
 
 「原田さん、待った・・!」
 
 よりによって沖田の声が、不意に外で聞こえて。
 
 (え)
 
 刹那に。
 スパーンと。戸が開いた。
 
       
   
 
 
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