新選組の漢達

宵月葵

文字の大きさ
上 下
1 / 5

近藤勇の本懐

しおりを挟む


 先の政変で、会津から新選組の名を拝命し、遂に本格始動を果たしたものの。
 局長、近藤は本懐を遂げること未だ叶わず、憂いていた。
 
 攘夷の完遂である。


 この時期、幕府内で攘夷論は二分していた。
 
 開国はやむなし、然れども各国と対等な国交への道を切り開く。との、
 勝や佐久間らが掲げる形の攘夷と。
 国交など言語道断、皇国日本から夷狄を排除すべきとする攘夷とに。

 当然、後者の論者である近藤からすれば、勝らが掲げる攘夷論は『異国かぶれからくる開国論』でしかなく。
 
 近藤は、ゆえに悩んでいた。
 まだ、新選組が取り締まる不逞浪士たちのほうが、近藤の想いに近い、という事に。
 
 
 彼ら不逞浪士たちの、“屈辱的開国の責任者である幕府および徳川を糾弾し、幕府の天皇への恭順と、即時の攘夷実行を望む、過激尊王攘夷論” は、勿論、
 今上天皇、孝明帝の望みである、“あくまで徳川主導の施政の元、攘夷を決行すべしとする、公武合体尊王攘夷論” とは異質のものであり、
 いってみれば、道を誤った尊王であることには間違いない。
 
 然れども、それでもその心は、同じ尊王攘夷なのだ。
 
 近藤たち新選組は。
 その同じ志の者たちを取り締まり続けている。


 
 
 今日も内心の溜息を押し殺し。
 
 近藤は、夕餉の広間へ向かった。
 
 
 
 「おかえりなさい、先生」
 
 手をつけていない夕餉の膳を前に、近藤の高弟、沖田が顔を上げた。
 
 「ただいま、総司」
 
 己の膳の前へと座りながら、近藤はにっこりと返す。
 
 「近藤様、お初にお目にかかります。冬乃と申します。どうぞ宜しくお願い致します」
 沖田の向こう隣から女が顔を出した。

 「お、貴女が冬乃さんか。ここで働いてくれることになったと聞いてます。こちらこそ宜しく」
 
 近藤が新しく入ったこの女中に会うのは、今夜が初めてだ。
 色々複雑な事情があって、沖田が面倒をみていると聞いている。
 
 端正な彼女の顔が、近藤の返事に嬉しそうに微笑んだ。
 
 これは組の若い男たちが騒いでいるわけだと、近藤は内心納得しながら、
 椀のふたを開けて食べ始めると、斜め隣で沖田もまた食べ始める。
 
 
 この男、沖田は、十代のはじめから家族と別れ、近藤の道場 “試衛館” にいた。
 そのために近藤は、沖田から父同然の恩師という扱いを受けている。沖田はいつも、近藤が夕餉の時間に帰ることを分かっている日には、近藤より先に食べ出すことはしない。 
 待たずに食べてくれていいと言っても、笑って聞かないのだ。
 
 
 その試衛館。
 
 他の江戸の大道場からは、散々に、荒々しい野武士剣法と揶揄されていた道場だが。
 
 試衛館では常、真剣勝負を想定し、真剣と同じ重さをもたせた太い木刀を稽古に使ってきたおかげで、
 今この動乱の京で、近藤たちは、竹刀に慣れてきた江戸の大道場出身者たちの上をゆく剣で圧倒している。
 
 それに、そうして成長期から重い木刀で散々鍛えてきた近藤と沖田は、当然、筋骨隆々の逞しい体をつくりあげた。
 
 鍛え上げた胸筋と、どっしりした足腰に、鋼のような胴。
 さらに沖田の場合は持って生まれた骨格にも恵まれ。高い背丈に、その広い肩は、逞しい上腕を支えて張り上がっていた。

 申し分なく立派に成長した高弟の、褐色の精悍な顔を。近藤は誇らしげに見上げる。

 「どうだった今日の外回りは」

 そして今夜も、さっそく尋ねた。
 
 
 局長である近藤は、沖田ら助勤職を直接に管轄してはいない。
 彼らの実際の指揮は、副長である土方と山南がやっている。
 
 だが、近藤もこうして、浪士たちの最新の動向を逐一確認していた。
 
 
 「お、山南さん、おかえり」
 「ただいま、近藤さん」
 
 やがて広間に入ってきた山南も加えて、近藤たちは政治論に花を咲かせる。
 
 山南もまた、近藤と同じく現状を憂いており。互いに励ましあう、大事な盟友である。
 
 
 
 いつかは。いや、必ずや近いうちに。
 本懐を遂げる。
 
 近藤の想いは、日増しに焦燥とともに燻れども。
 
 
 今宵もこうして近藤の、志に燃ゆる夜は更けてゆく。
 
 
        





しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

幕末レクイエム―士魂の城よ、散らざる花よ―

馳月基矢
歴史・時代
徳川幕府をやり込めた勢いに乗じ、北進する新政府軍。 新撰組は会津藩と共に、牙を剥く新政府軍を迎え撃つ。 武士の時代、刀の時代は終わりを告げる。 ならば、刀を執る己はどこで滅ぶべきか。 否、ここで滅ぶわけにはいかない。 士魂は花と咲き、決して散らない。 冷徹な戦略眼で時流を見定める新撰組局長、土方歳三。 あやかし狩りの力を持ち、無敵の剣を謳われる斎藤一。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.19-5.1 ( 6:30 & 18:30 )

本庄宿の巨魁

春羅
歴史・時代
 後の新撰組幹部が将軍護衛の浪士隊として京都へ向かう道中、本庄宿にてある事件が起きる。    近藤勇、土方歳三、沖田総司、そして芹沢鴨の四人を見守る(?)のは、取締役・中条金之助。    彼の回想による、史実に基づいたオリジナル小説。

幕末レクイエム―誠心誠意、咲きて散れ―

馳月基矢
歴史・時代
幕末、動乱の京都の治安維持を担った新撰組。 華やかな活躍の時間は、決して長くなかった。 武士の世の終わりは刻々と迫る。 それでもなお刀を手にし続ける。 これは滅びの武士の生き様。 誠心誠意、ただまっすぐに。 結核を病み、あやかしの力を借りる天才剣士、沖田総司。 あやかし狩りの力を持ち、目的を秘めるスパイ、斎藤一。 同い年に生まれた二人の、別々の道。 仇花よ、あでやかに咲き、潔く散れ。 schedule 公開:2019.4.1 連載:2019.4.7-4.18 ( 6:30 & 18:30 )

淡々忠勇

香月しを
歴史・時代
新撰組副長である土方歳三には、斎藤一という部下がいた。 仕事を淡々とこなし、何事も素っ気ない男であるが、実際は土方を尊敬しているし、友情らしきものも感じている。そんな斎藤を、土方もまた信頼し、友情を感じていた。 完結まで、毎日更新いたします! 殺伐としたりほのぼのしたり、怪しげな雰囲気になったりしながら、二人の男が自分の道を歩いていくまでのお話。ほんのりコメディタッチ。 残酷な表現が時々ありますので(お侍さん達の話ですからね)R15をつけさせていただきます。 あッ、二人はあくまでも友情で結ばれておりますよ。友情ね。 ★作品の無断転載や引用を禁じます。多言語に変えての転載や引用も許可しません。

豊玉宗匠の憂鬱

ももちよろづ
歴史・時代
1860年、暮れ。 後の新選組 副長、土方歳三は、 机の前で、と或る問題に直面していた――。 ※「小説家にな●うラジオ」ネタ有り、コメディー。

徳川慶勝、黒船を討つ

克全
歴史・時代
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 尾張徳川家(尾張藩)の第14代・第17代当主の徳川慶勝が、美濃高須藩主・松平義建の次男・秀之助ではなく、夭折した長男・源之助が継いでおり、彼が攘夷派の名君となっていた場合の仮想戦記を書いてみました。夭折した兄弟が活躍します。尾張徳川家15代藩主・徳川茂徳、会津藩主・松平容保、桑名藩主・松平定敬、特に会津藩主・松平容保と会津藩士にリベンジしてもらいます。 もしかしたら、消去するかもしれません。

御様御用、白雪

月芝
歴史・時代
江戸は天保の末、武士の世が黄昏へとさしかかる頃。 首切り役人の家に生まれた女がたどる数奇な運命。 人の首を刎ねることにとり憑かれた山部一族。 それは剣の道にあらず。 剣術にあらず。 しいていえば、料理人が魚の頭を落とすのと同じ。 まな板の鯉が、刑場の罪人にかわっただけのこと。 脈々と受け継がれた狂気の血と技。 その結実として生を受けた女は、人として生きることを知らずに、 ただひと振りの刃となり、斬ることだけを強いられる。 斬って、斬って、斬って。 ただ斬り続けたその先に、女はいったい何を見るのか。 幕末の動乱の時代を生きた女の一代記。 そこに綺羅星のごとく散っていった維新の英雄英傑たちはいない。 あったのは斬る者と斬られる者。 ただそれだけ。

処理中です...