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問題は海斗くんを救う方法。いまのところ、なにも浮かんではいない。

わたしに残されている力は、せいぜいあと数回かもしれない。気力の衰えからそう感じる。何度もこの7月17日に戻ってくることはできない。

焦りは強くなるけど、気持ちで負けてはいけない。わたしがなにもかも諦めてしまえば、海斗くんは死んでしまう。

あの日、あのときの映像が頭によみがえる。車に跳ねられ、地面に倒れて動かなくなった海斗くんの姿。
その後悔が、いまのわたしを支えている。

「なあ、莉子、お前今日、やけに張り切ってたよな」

部活からの帰り道、海斗くんからはそんな指摘を受けた。

いつもはおとなしく観察してるだけのわたしだったけれど、今日の部活では選手を鼓舞するように元気に声を出した。静かにしているとそのまま死んでまいそうな気がしたから、ことさら元気でいるように心がけた。

「夏だからかな。開放的な気分になっちゃって」
「なにかいいことでもあったのかと思ったよ。宝くじが当たったとか」

悪い宝くじが当たるんだよ、なんて冗談が頭に浮かんでしまい、わたしは頭を振った。

「どうした?」
「なんでもない」
「そうか。でも安心したな。莉子の元気な姿が見れてさ」
「なにそれ。まるでわたしがずっと寝込んでいたみたいな」
「……」

海斗くんは立ち止まって、空を見上げた。六時を回ったばかりで、夏の空にはまだ明るさが残っていた。

「気のせいかな、最近、悪い夢をよく見るんだ」
「悪い、夢?」
「莉子が、死んでしまうような夢」
「ーーえ?」
「なんかさ、よく覚えてはないんだけど、莉子がとても苦しんでいるような、そんな夢なんだ」

海斗くんは顔を戻し、わたしへと笑いかけた。

「ごめん、変なことを言ったよな。こんな縁起でもないこと、軽々しく口にすらべきじゃなかった。忘れてくれよ」
「具体的にどんなものか、聞いてもいい?」
「いやだから、よくわからないんだよ。どこでとうというわけじゃなくてさ、断片的な頭に出たり入ったりというか」
「……」

もしかして海斗くんは、前の記憶がある?
わたしがベッドで死にかけていたことを、覚えている?

ううん、他にも、隕石のときも含めて。
まさか、そんなことありえない、はず。

だけれど、こんな会話、いままで一度としてなかった。海斗くんのなかには明らかに、ループの間の出来事が刻み込まれている。

ということは、ループしている間の記憶が少しは引き継がれている、ということかもしれない。

7月17日に遡ったとき、すべてがリセットされるわけではなく、わたしほどではないかもしれないけれど、ほんの少し、おそらくは身近な人ほど覚えていることがあるのかもしれない。

この世界は、わたしのものなのかもしれない、ふとそう思った。わたしがすべての中心で、その周りにいる人たちはその影響を受けている。
わたしの意識が周囲に漏れて、それによって海斗くんにも「過去」が伝わっているとしたら。

「一応さ、気を付けておいてくれよ。これってもしかしたら、予知夢みたいなものかもしれない。莉子がそういうことになるなんて信じたくはないけど、念には念を入れておいてほうがいいし」
「……うん」
「もしかしたら、おれも能力者かもしれないよな。それで莉子の不幸が先にわかるのかもしれない」

おれも?まるでわたしが能力者であることを知っているかのような口ぶり。これもループの蓄積の影響かな。

「ん?なんだ、あれ」

わたしの自宅に差し掛かったところで、海斗くんは再び足を止めた。

玄関前に、高級車らしい黒い車が止まっている。ちょうど運転席が開いて、ひとりの男性が降りてくる。その人は玄関ではなく、わたしの方へと歩いてきた。

「はじめまして。芹沢莉子さん、ですね。わたくし、こういうものです」

丁寧な物言いで、その人は言った。サングラスをかけたスーツ姿の男性で、こちらへと名刺を渡してきた。

「厚労省?」

その名刺には厚労省人材開発局の碓井慎二と記されていた。

「わたくし、能力者のスカウトを担当しておりまして、今回こうしてあなたを訪ねたのは、あなたが能力者であるかもしれないという指摘があったからなのです」

わたしは怪訝そうな顔を浮かべ、なにも知らない素振りをした。本当は心臓が飛び出かねないほど驚いていたけれど、それを表に出してはいけないと瞬時に判断をした。

「え、どういうことですか?」
「あなたが能力者であるという通告があり、こうして調査に来た次第です」

国が能力者のスカウト活動を行っているという話は聞いたことがある。

政府が運営しているホームページには、身近なところに能力者がいた場合に通報できるようなシステムが備わっている。もしその報告が事実であれば謝礼も出る仕組みとなっている。

「わたしが、能力者?まさか、そんなこと」

ことさら驚いてみる。わたしの頭の中にはいったい誰がそんなことを告発したのだろうという疑問が渦巻いていた。

「あなたが驚かれるのも無理はありません。すぐには認められない気持ちもわかります。ですが、こちらとしてはできるだけ早い決断をお願いしたいのです」
「そ、そんなことを言われても」
「マスコミなどの報道で誤解されているかもしれませんが、能力者の扱いに関しては心配しなくて結構です。我々は能力者に対し、常に敬意を持った対応をしておりますので」

政府が調査をするときは、基本的に相手には知られないように極秘に行うと聞いたことがある。

にもかかわらずこうして直接尋ねてくるのは、やっぱり隕石の落下が間近に迫っていることを知っているからだと思う。あれこれ調べるような時間はもう、残ってはいないという自覚がある。

政府としては一人でも多くの能力者を確保したいに違いない。破滅的な状態から再起するためには、能力者の数というのは非常に重要だから。それでもう、なりふり構っていられなくなっているのかもしれない。

「すいません、わたしにはなんのことだか」
「この国には、一般人に紛れて、多くの能力者が生活しています。あなたのような人たちは決して珍しくはない。ですから、警戒する必要はないのです」

すでにわたしが能力者であるという決めつけをしている。なにか確信があるのか、それともそうすることで認めやすい状況に持っていこうとしているのか。

どちらにしても、わたしはその事実を認めるわけにはいかない。もし能力者だとばれれば、わたしだけが施設へと収容される。7月17日に戻ることは二度となくなり、海斗くんは7月24日に死ぬことが確定する。

「何かの勘違いじゃないですか。わたしにはそんな特別な力なんて備わっていません。だよね、海斗くん」

隣にに視線を向けると、海斗くんはうなずいた。

「そりゃそうだよ。莉子にそんな力があったら、彼氏であるおれがすぐに気づくはずだし。なんならそれ、おれのことかもしれないですよ」

そこで海斗くんは予知夢みたいなものを見たと、軽い口調で言った。本気でそう思っているわけではないことは碓井さんにも伝わったようだった。

「……そうですか。では、気が変わったらその連絡先にご連絡を。できれば数日以内に」

そう言って、碓井さんは車へと戻っていった。
車が完全に見えなくなると、

「なんだったんだ、あれ。本物の官僚なのか?」

海斗くんが首を傾げて言った。

「さあ?詐欺とかかな」
「それはあり得る。最近は妙なことばかり起こっているからな、その不安につけこもうとするやつが現れているのかもしれないよな」
「わたしなんか騙したって、意味ないのにね。麗とかお金持ちを狙うなら、まだわかるけど」

もう親が別れたことは知っているけど。

「もしかしたらさ、あのおじさん、莉子にひとめぼれでもしたのかもしれないぞ。それで近づく口実でも考えたのかもしれない」
「ストーカー?わたしはそんな魅力的じゃないよ」
「そんなこと言ったら、おれの立場はどうなるんだよ」

海斗くんが顔をしかめて言った。

「ごめん、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「冗談だよ。そういう謙虚なところが莉子のいいところでもある。おれは莉子にずっとそのままでいてほしいよ」

わたしは謙虚なのかな。ループのなかでの行動を思い返してみると、厚かましい感じもするけど。
それにしても、いったい誰なのだろう。国に密告したのは。

その誰かは、わたしが能力者であることを知っている。官僚がわざわざ出向いてくるということは、その告発にそれなりの信憑性があったからに違いない。

じゃあ、どうやって証明したのだろう。
わたしの力は、傍目にそうとわかるようなものじゃない。たまたま道端で炎が手から現れて、それが監視カメラに映った、なんてことは起こらない。

わたしが能力者であることは、誰にも知られてはいない。仮に知られていたとしても、そうだと他人に教えるのは困難なはず。

「そういや、能力者で思い出したけど、中学時代にやたらとそれに詳しいやつがいたよな。莉子の女友達で。いまあいつとはどうなってるんだ」
「あの子とは最近は全然……」

いや、いた。わたしが能力者であることを知っている人が。
そう、ひとりだけ。
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