27 / 34
27
しおりを挟む問題は海斗くんを救う方法。いまのところ、なにも浮かんではいない。
わたしに残されている力は、せいぜいあと数回かもしれない。気力の衰えからそう感じる。何度もこの7月17日に戻ってくることはできない。
焦りは強くなるけど、気持ちで負けてはいけない。わたしがなにもかも諦めてしまえば、海斗くんは死んでしまう。
あの日、あのときの映像が頭によみがえる。車に跳ねられ、地面に倒れて動かなくなった海斗くんの姿。
その後悔が、いまのわたしを支えている。
「なあ、莉子、お前今日、やけに張り切ってたよな」
部活からの帰り道、海斗くんからはそんな指摘を受けた。
いつもはおとなしく観察してるだけのわたしだったけれど、今日の部活では選手を鼓舞するように元気に声を出した。静かにしているとそのまま死んでまいそうな気がしたから、ことさら元気でいるように心がけた。
「夏だからかな。開放的な気分になっちゃって」
「なにかいいことでもあったのかと思ったよ。宝くじが当たったとか」
悪い宝くじが当たるんだよ、なんて冗談が頭に浮かんでしまい、わたしは頭を振った。
「どうした?」
「なんでもない」
「そうか。でも安心したな。莉子の元気な姿が見れてさ」
「なにそれ。まるでわたしがずっと寝込んでいたみたいな」
「……」
海斗くんは立ち止まって、空を見上げた。六時を回ったばかりで、夏の空にはまだ明るさが残っていた。
「気のせいかな、最近、悪い夢をよく見るんだ」
「悪い、夢?」
「莉子が、死んでしまうような夢」
「ーーえ?」
「なんかさ、よく覚えてはないんだけど、莉子がとても苦しんでいるような、そんな夢なんだ」
海斗くんは顔を戻し、わたしへと笑いかけた。
「ごめん、変なことを言ったよな。こんな縁起でもないこと、軽々しく口にすらべきじゃなかった。忘れてくれよ」
「具体的にどんなものか、聞いてもいい?」
「いやだから、よくわからないんだよ。どこでとうというわけじゃなくてさ、断片的な頭に出たり入ったりというか」
「……」
もしかして海斗くんは、前の記憶がある?
わたしがベッドで死にかけていたことを、覚えている?
ううん、他にも、隕石のときも含めて。
まさか、そんなことありえない、はず。
だけれど、こんな会話、いままで一度としてなかった。海斗くんのなかには明らかに、ループの間の出来事が刻み込まれている。
ということは、ループしている間の記憶が少しは引き継がれている、ということかもしれない。
7月17日に遡ったとき、すべてがリセットされるわけではなく、わたしほどではないかもしれないけれど、ほんの少し、おそらくは身近な人ほど覚えていることがあるのかもしれない。
この世界は、わたしのものなのかもしれない、ふとそう思った。わたしがすべての中心で、その周りにいる人たちはその影響を受けている。
わたしの意識が周囲に漏れて、それによって海斗くんにも「過去」が伝わっているとしたら。
「一応さ、気を付けておいてくれよ。これってもしかしたら、予知夢みたいなものかもしれない。莉子がそういうことになるなんて信じたくはないけど、念には念を入れておいてほうがいいし」
「……うん」
「もしかしたら、おれも能力者かもしれないよな。それで莉子の不幸が先にわかるのかもしれない」
おれも?まるでわたしが能力者であることを知っているかのような口ぶり。これもループの蓄積の影響かな。
「ん?なんだ、あれ」
わたしの自宅に差し掛かったところで、海斗くんは再び足を止めた。
玄関前に、高級車らしい黒い車が止まっている。ちょうど運転席が開いて、ひとりの男性が降りてくる。その人は玄関ではなく、わたしの方へと歩いてきた。
「はじめまして。芹沢莉子さん、ですね。わたくし、こういうものです」
丁寧な物言いで、その人は言った。サングラスをかけたスーツ姿の男性で、こちらへと名刺を渡してきた。
「厚労省?」
その名刺には厚労省人材開発局の碓井慎二と記されていた。
「わたくし、能力者のスカウトを担当しておりまして、今回こうしてあなたを訪ねたのは、あなたが能力者であるかもしれないという指摘があったからなのです」
わたしは怪訝そうな顔を浮かべ、なにも知らない素振りをした。本当は心臓が飛び出かねないほど驚いていたけれど、それを表に出してはいけないと瞬時に判断をした。
「え、どういうことですか?」
「あなたが能力者であるという通告があり、こうして調査に来た次第です」
国が能力者のスカウト活動を行っているという話は聞いたことがある。
政府が運営しているホームページには、身近なところに能力者がいた場合に通報できるようなシステムが備わっている。もしその報告が事実であれば謝礼も出る仕組みとなっている。
「わたしが、能力者?まさか、そんなこと」
ことさら驚いてみる。わたしの頭の中にはいったい誰がそんなことを告発したのだろうという疑問が渦巻いていた。
「あなたが驚かれるのも無理はありません。すぐには認められない気持ちもわかります。ですが、こちらとしてはできるだけ早い決断をお願いしたいのです」
「そ、そんなことを言われても」
「マスコミなどの報道で誤解されているかもしれませんが、能力者の扱いに関しては心配しなくて結構です。我々は能力者に対し、常に敬意を持った対応をしておりますので」
政府が調査をするときは、基本的に相手には知られないように極秘に行うと聞いたことがある。
にもかかわらずこうして直接尋ねてくるのは、やっぱり隕石の落下が間近に迫っていることを知っているからだと思う。あれこれ調べるような時間はもう、残ってはいないという自覚がある。
政府としては一人でも多くの能力者を確保したいに違いない。破滅的な状態から再起するためには、能力者の数というのは非常に重要だから。それでもう、なりふり構っていられなくなっているのかもしれない。
「すいません、わたしにはなんのことだか」
「この国には、一般人に紛れて、多くの能力者が生活しています。あなたのような人たちは決して珍しくはない。ですから、警戒する必要はないのです」
すでにわたしが能力者であるという決めつけをしている。なにか確信があるのか、それともそうすることで認めやすい状況に持っていこうとしているのか。
どちらにしても、わたしはその事実を認めるわけにはいかない。もし能力者だとばれれば、わたしだけが施設へと収容される。7月17日に戻ることは二度となくなり、海斗くんは7月24日に死ぬことが確定する。
「何かの勘違いじゃないですか。わたしにはそんな特別な力なんて備わっていません。だよね、海斗くん」
隣にに視線を向けると、海斗くんはうなずいた。
「そりゃそうだよ。莉子にそんな力があったら、彼氏であるおれがすぐに気づくはずだし。なんならそれ、おれのことかもしれないですよ」
そこで海斗くんは予知夢みたいなものを見たと、軽い口調で言った。本気でそう思っているわけではないことは碓井さんにも伝わったようだった。
「……そうですか。では、気が変わったらその連絡先にご連絡を。できれば数日以内に」
そう言って、碓井さんは車へと戻っていった。
車が完全に見えなくなると、
「なんだったんだ、あれ。本物の官僚なのか?」
海斗くんが首を傾げて言った。
「さあ?詐欺とかかな」
「それはあり得る。最近は妙なことばかり起こっているからな、その不安につけこもうとするやつが現れているのかもしれないよな」
「わたしなんか騙したって、意味ないのにね。麗とかお金持ちを狙うなら、まだわかるけど」
もう親が別れたことは知っているけど。
「もしかしたらさ、あのおじさん、莉子にひとめぼれでもしたのかもしれないぞ。それで近づく口実でも考えたのかもしれない」
「ストーカー?わたしはそんな魅力的じゃないよ」
「そんなこと言ったら、おれの立場はどうなるんだよ」
海斗くんが顔をしかめて言った。
「ごめん、そんなつもりで言ったわけじゃないんだけど」
「冗談だよ。そういう謙虚なところが莉子のいいところでもある。おれは莉子にずっとそのままでいてほしいよ」
わたしは謙虚なのかな。ループのなかでの行動を思い返してみると、厚かましい感じもするけど。
それにしても、いったい誰なのだろう。国に密告したのは。
その誰かは、わたしが能力者であることを知っている。官僚がわざわざ出向いてくるということは、その告発にそれなりの信憑性があったからに違いない。
じゃあ、どうやって証明したのだろう。
わたしの力は、傍目にそうとわかるようなものじゃない。たまたま道端で炎が手から現れて、それが監視カメラに映った、なんてことは起こらない。
わたしが能力者であることは、誰にも知られてはいない。仮に知られていたとしても、そうだと他人に教えるのは困難なはず。
「そういや、能力者で思い出したけど、中学時代にやたらとそれに詳しいやつがいたよな。莉子の女友達で。いまあいつとはどうなってるんだ」
「あの子とは最近は全然……」
いや、いた。わたしが能力者であることを知っている人が。
そう、ひとりだけ。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
流星の徒花
柴野日向
ライト文芸
若葉町に住む中学生の雨宮翔太は、通い詰めている食堂で転校生の榎本凛と出会った。
明るい少女に対し初めは興味を持たない翔太だったが、互いに重い運命を背負っていることを知り、次第に惹かれ合っていく。
残酷な境遇に抗いつつ懸命に咲き続ける徒花が、いつしか流星となるまでの物語。
私たちは、お日様に触れていた。
柑実 ナコ
ライト文芸
《迷子の女子高生》と《口の悪い大学院生》
これはシノさんが仕組んだ、私と奴の、同居のお話。
◇
梶 桔帆(かじ きほ)は、とある出来事をきっかけに人と距離を取って過ごす高校2年生。しかし、バイト先の花屋で妻のために毎月花を買いにくる大学教授・東明 駿(しのあき すぐる)に出会い、何故か気に入られてしまう。お日様のような笑顔の東明に徐々に心を開く中、彼の研究室で口の悪い大学院生の久遠 綾瀬(くどお あやせ)にも出会う。東明の計らいで同居をする羽目になった2人は、喧嘩しながらも友人や家族と向き合いながら少しずつ距離を縮めていく。そして、「バカンスへ行く」と言ったきり家に戻らない東明が抱えてきた秘密と覚悟を知る――。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
麻雀少女激闘戦記【牌神話】
彼方
キャラ文芸
この小説は読むことでもれなく『必ず』麻雀が強くなります。全人類誰もが必ずです。
そういう魔法を込めて書いてあるので、麻雀が強くなりたい人はもちろんのこと、麻雀に興味がある人も全員読むことをおすすめします。
大丈夫! 例外はありません。あなたも必ず強くなります!
私は本物の魔法使いなので。
彼方
◆◇◆◇
〜麻雀少女激闘戦記【牌神話】〜
──人はごく稀に神化するという。
ある仮説によれば全ての神々には元の姿があり、なんらかのきっかけで神へと姿を変えることがあるとか。
そして神は様々な所に現れる。それは麻雀界とて例外ではない。
この話は、麻雀の神とそれに深く関わった少女あるいは少年たちの熱い青春の物語。その大全である。
◆◇◆◇
もくじ
【メインストーリー】
一章 財前姉妹
二章 闇メン
三章 護りのミサト!
四章 スノウドロップ
伍章 ジンギ!
六章 あなた好みに切ってください
七章 コバヤシ君の日報
八章 カラスたちの戯れ
【サイドストーリー】
1.西団地のヒロイン
2.厳重注意!
3.約束
4.愛さん
5.相合傘
6.猫
7.木嶋秀樹の自慢話
【テーマソング】
戦場の足跡
【エンディング】
結果ロンhappy end
イラストはしろねこ。さん
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる