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どちらかと言えば幼い頃は、わたしは海斗くんよりも優愛さんと遊ぶことが多かった。
やっぱり同性だから、趣味や好きなものが重なることがあった。
その一つに二人とも動物が好きというのがあって、でもどちらの家でもペットは飼ってはいなかった。
わたしは親に何度も猫か犬を飼いたいとお願いしたけれど、両親は首を縦に振らなかった。
お母さんはかつて猫を飼っていたけれど、亡くなったときの衝撃があまりにも大きすぎて、それ以来ペットを飼うことをやめたらしかった。
わたしと優愛さんはあるとき公園で野良猫を見つけ、親には隠れてこっそりと飼うことに決めた。家から猫が食べられそうなものを持ち出し、毎日餌を上げていた。
その猫が突然亡くなった。傷なんかはなかったので、病気かなにかだと思った。
わたしは悲しみのあまり学校を休むほどだったけれど、優愛さんの励ましでなんとか乗り越えることができた。
わたしと優愛さんは河川敷に猫のお墓を作った。敷地が広かったので、誰にも荒らされることはないと思ったから。
優愛さんの言うお参りとは、その猫のことのはず。お魚の缶詰めを何度も持っていったことがあるし。
わたしは久しぶりに河川敷にまで行き、猫のお墓を探した。河川敷は自宅からは離れたところでもあったので、時間ととも訪れる機会はなくなっていった。
目印になるようなものは置かなかったし、置いていたとしてもとっくになくなっている。わたしは必死に記憶をたどりながら、河川敷を縦断していた。
ここに来たのはわたしひとりだった。優愛さんからついていくな、と海斗くんは伝えられたらしい。
それにしても、どうしていまさら、という思いもわたしにはあった。猫が死んでもう十年近くが過ぎている。
なんの目的で優愛さんはわたしにこんなことをさせるのだろう?猫が亡くなったのは確かにこの時期だったとは記憶している。でもこれまで一緒にお墓参りもしたことがないのに。
疑問を抱いたままお墓を探しながら歩いていると、
「ちょうどあの辺じゃない?ほら、階段の近くに埋めたはずだから」
そんな指摘を受けると、ぱっと頭に思い浮かぶものがあった。確かにそういった記憶がある。
え?でもいまのは?
急いでそちらを見ると、背後に立っていたのは。
「や、久しぶり」
こちらに手のひらを見せている女性はそう、優愛さんその人だった。
「ゆ、優愛さん?」
「そうだよ。すぐにわからなかったかな?」
優愛さんの外見には確かにちょっとした変化は起こっていた。素肌に近かった顔はファンデーションでうっすらと輝き、目も大きくなっている。なにより髪の色が派手な金髪へと変わっていることに、わたしは驚いた。
「普段はもっと地味なんだよ。これは夏休み限定のやつね」
優愛さんは自分の髪をつまむようにして言った。
「え、でも、どうしてここに?」
わたしは混乱していた。ここに優愛さんがいる理由がわからなかった。
「もちろん、帰省よ。夏休みを利用して帰ってきたのよ」
「だ、だってさっき、海斗くんと電話をしてましたよね」
「うん。したよ」
「おかしい、ですよね。帰ってきてるなら、わざわざ電話なんかする必要ないのに」
そう、海斗くんのことが心配なら、すぐに会いにいけばいいだけのはず。
「あれは、わざと」
「わざと?」
「そ。かわいい弟がびっくりするところを見たかったの。それであえて遠くにいるよ、って演出をしたんだよね」
そういえば、優愛さんはこういう人だった。イタズラ好きで、とくに海斗くんをからかうことを趣味にしていたような人。
「もちろん、爆弾とかウイルスは気になってるけど、正直そこまで不安は感じてないんだよね。むしろそういう状況を利用すれば弟にインパクトを与えられるような再会劇を演出できるんじゃないかって考えたの」
でも、待って。ひとつおかしなことがある。わたしはこれまで、優愛さんとはこの時期には一度も会っていない。もし帰省していることを知っていたら、今回の計画は浮かばなかった。
「優愛さんはいつ戻ってきたんですか?」
「一週間くらい前かな」
「一週間前?そんな前にですか?」
「どうしてそんな驚いてるの?大学の夏休みって早く始まるんだよ」
それはわかっている、わかっているけど、わたしが気になったのはそこじゃない。
「じゃあ、どうして海斗くんにまだ会ってないんですか」
「その前にやるべきことがあったからね。弟の会話で有利に立つために莉子からいろいろな情報を得ることがひとつ、そしてもうひとつは彼氏に会うこと」
「彼氏?」
「そうだよ。わたし、こっちに彼氏がいるの。でさ、まずはその彼との時間を楽しみたかったのよ」
知らなかった、そんな人。優愛さんに彼氏がいたなんて。
「じゃあ、この一週間は彼氏の家にいたということですか」
「そだよ。あ、でもこれはまだ弟には秘密ね。突然会わせてびっくりさせるつもりだから。莉子には今度、紹介してあげるから」
「いつまで、こっちにいる予定なんですか」
「しばらくかな。ちょうど彼氏の誕生日が五日後にあるんだよね。二人で海に行こうかとか話し合ってるんだけど、戻るの時期はその後に考えるかな」
「勉強はいいんですか?そんな遊んでたら、周りに置いていかれますよ」
「勉強なんてどこでもできるよ。大事なのは質だってことに最近気づいたんだよね。机に貼り付くだけがすべてじゃない。気分転換を交えたほうがよっぽどはかどる、これが真理ね」
わたしにはもう、なにも言葉が頭に入ってこなかった。
優愛さんと会えた感動なんてなかったし、思い出話をするような余裕もなかった。
「ちょっと、莉子、どうしたの?」
足元から力が抜け、わたしはその場に崩れるようにし膝をついた。
また、なの。今回も失敗に終わるわけ?仮にまた7月17日に戻っても、どうすることもできない。
「なに、ちょっと、病気?」
「ゆ、優愛さん」
「なに?」
「わたし、もうダメかもしれません」
絞り出すような声で、それだけを言うのが精一杯だった。
やっぱり同性だから、趣味や好きなものが重なることがあった。
その一つに二人とも動物が好きというのがあって、でもどちらの家でもペットは飼ってはいなかった。
わたしは親に何度も猫か犬を飼いたいとお願いしたけれど、両親は首を縦に振らなかった。
お母さんはかつて猫を飼っていたけれど、亡くなったときの衝撃があまりにも大きすぎて、それ以来ペットを飼うことをやめたらしかった。
わたしと優愛さんはあるとき公園で野良猫を見つけ、親には隠れてこっそりと飼うことに決めた。家から猫が食べられそうなものを持ち出し、毎日餌を上げていた。
その猫が突然亡くなった。傷なんかはなかったので、病気かなにかだと思った。
わたしは悲しみのあまり学校を休むほどだったけれど、優愛さんの励ましでなんとか乗り越えることができた。
わたしと優愛さんは河川敷に猫のお墓を作った。敷地が広かったので、誰にも荒らされることはないと思ったから。
優愛さんの言うお参りとは、その猫のことのはず。お魚の缶詰めを何度も持っていったことがあるし。
わたしは久しぶりに河川敷にまで行き、猫のお墓を探した。河川敷は自宅からは離れたところでもあったので、時間ととも訪れる機会はなくなっていった。
目印になるようなものは置かなかったし、置いていたとしてもとっくになくなっている。わたしは必死に記憶をたどりながら、河川敷を縦断していた。
ここに来たのはわたしひとりだった。優愛さんからついていくな、と海斗くんは伝えられたらしい。
それにしても、どうしていまさら、という思いもわたしにはあった。猫が死んでもう十年近くが過ぎている。
なんの目的で優愛さんはわたしにこんなことをさせるのだろう?猫が亡くなったのは確かにこの時期だったとは記憶している。でもこれまで一緒にお墓参りもしたことがないのに。
疑問を抱いたままお墓を探しながら歩いていると、
「ちょうどあの辺じゃない?ほら、階段の近くに埋めたはずだから」
そんな指摘を受けると、ぱっと頭に思い浮かぶものがあった。確かにそういった記憶がある。
え?でもいまのは?
急いでそちらを見ると、背後に立っていたのは。
「や、久しぶり」
こちらに手のひらを見せている女性はそう、優愛さんその人だった。
「ゆ、優愛さん?」
「そうだよ。すぐにわからなかったかな?」
優愛さんの外見には確かにちょっとした変化は起こっていた。素肌に近かった顔はファンデーションでうっすらと輝き、目も大きくなっている。なにより髪の色が派手な金髪へと変わっていることに、わたしは驚いた。
「普段はもっと地味なんだよ。これは夏休み限定のやつね」
優愛さんは自分の髪をつまむようにして言った。
「え、でも、どうしてここに?」
わたしは混乱していた。ここに優愛さんがいる理由がわからなかった。
「もちろん、帰省よ。夏休みを利用して帰ってきたのよ」
「だ、だってさっき、海斗くんと電話をしてましたよね」
「うん。したよ」
「おかしい、ですよね。帰ってきてるなら、わざわざ電話なんかする必要ないのに」
そう、海斗くんのことが心配なら、すぐに会いにいけばいいだけのはず。
「あれは、わざと」
「わざと?」
「そ。かわいい弟がびっくりするところを見たかったの。それであえて遠くにいるよ、って演出をしたんだよね」
そういえば、優愛さんはこういう人だった。イタズラ好きで、とくに海斗くんをからかうことを趣味にしていたような人。
「もちろん、爆弾とかウイルスは気になってるけど、正直そこまで不安は感じてないんだよね。むしろそういう状況を利用すれば弟にインパクトを与えられるような再会劇を演出できるんじゃないかって考えたの」
でも、待って。ひとつおかしなことがある。わたしはこれまで、優愛さんとはこの時期には一度も会っていない。もし帰省していることを知っていたら、今回の計画は浮かばなかった。
「優愛さんはいつ戻ってきたんですか?」
「一週間くらい前かな」
「一週間前?そんな前にですか?」
「どうしてそんな驚いてるの?大学の夏休みって早く始まるんだよ」
それはわかっている、わかっているけど、わたしが気になったのはそこじゃない。
「じゃあ、どうして海斗くんにまだ会ってないんですか」
「その前にやるべきことがあったからね。弟の会話で有利に立つために莉子からいろいろな情報を得ることがひとつ、そしてもうひとつは彼氏に会うこと」
「彼氏?」
「そうだよ。わたし、こっちに彼氏がいるの。でさ、まずはその彼との時間を楽しみたかったのよ」
知らなかった、そんな人。優愛さんに彼氏がいたなんて。
「じゃあ、この一週間は彼氏の家にいたということですか」
「そだよ。あ、でもこれはまだ弟には秘密ね。突然会わせてびっくりさせるつもりだから。莉子には今度、紹介してあげるから」
「いつまで、こっちにいる予定なんですか」
「しばらくかな。ちょうど彼氏の誕生日が五日後にあるんだよね。二人で海に行こうかとか話し合ってるんだけど、戻るの時期はその後に考えるかな」
「勉強はいいんですか?そんな遊んでたら、周りに置いていかれますよ」
「勉強なんてどこでもできるよ。大事なのは質だってことに最近気づいたんだよね。机に貼り付くだけがすべてじゃない。気分転換を交えたほうがよっぽどはかどる、これが真理ね」
わたしにはもう、なにも言葉が頭に入ってこなかった。
優愛さんと会えた感動なんてなかったし、思い出話をするような余裕もなかった。
「ちょっと、莉子、どうしたの?」
足元から力が抜け、わたしはその場に崩れるようにし膝をついた。
また、なの。今回も失敗に終わるわけ?仮にまた7月17日に戻っても、どうすることもできない。
「なに、ちょっと、病気?」
「ゆ、優愛さん」
「なに?」
「わたし、もうダメかもしれません」
絞り出すような声で、それだけを言うのが精一杯だった。
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