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第三話
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その後、ブレイデンは横領の罪で強制労働施設へと送られ、ファレンハート公爵家は一連の出来事の責任をとらされる形で、取り潰しとなった。
ジェニエットは、司法機関を通さない調査を行ったことが越権行為に当たると判断された。またブレイデンの横領を知らなかったとはいえ、彼の企みに加担して無実の人物を冤罪で裁き、勝手な処罰を与えたため、身分を剥奪され、修道院へと送られた。
魔王の報復を恐れた国王は、自らその座を降りた。王位継承者にはまだ幼い王子と、王弟殿下の成人間近の息子の二人がいたのだが、それぞれの派閥が争っている間に敵対していた隣国のセントリオンに攻め込まれ、抵抗する間もなく取り込まれ、結果的にヴァレリア王国は地図の上からその名を消すことになった。
〇
「──それで? 家族水入らずの時間はどう?」
アリスティアは、久々にセゴール領を訪れたセシルに訊いた。
セゴール辺境伯は隣国との併合に一役買っており、国の内情を報告し、率先して王都の制圧を行った。元ヴァレリア王国の貴族たちからは裏切り者と称されたが、王家と仲が悪く、天災によって苦しい生活を続ける民に見向きもしない王侯貴族にセゴール辺境伯は早々に見切りをつけていた。紆余曲折あったが、今ではセントリオン王国の侯爵家となっていた。
「正直、まだ慣れないよ。だって……存在感がすごい」
「それは、たしかに」
セシルが困ったように言うものだから、アリスティアはくすっと笑う。
セシルは今、魔族が住む領域で家族と暮らしていた。かつては荒れ果て、空にはいつも厚い雲がかかっているような領域だった。しかし、先代魔王が精霊王と共に暮らすようになってからは、豊かな自然と透き通るような青空が広がる楽園へと変わったという。
精霊王は蒼い瞳の、神々しく美しい細面の女性だった。レミリアの白金の長い髪と白い肌は、母親譲りらしい。セシルの顔立ちは彼女に似たようだ。
一方で、先代魔王である父親は、艶やかな漆黒の髪、切れ長の目に血のような真っ赤な瞳。背が高く、逞しさと妖しさを感じる出で立ちの男だった。髪は父親譲りだということをセシルは知った。先代魔王は魔物たちを静め、妻である精霊王の手伝いをしながら大人しく隠居生活を満喫していた。
存在感に圧倒されつつも、どことなく自分と似ている容姿を持つ両親と姉を見ると、セシルはこれまで心にぽっかりと空いていた穴が塞がるような気がした。
そして、毎日挨拶を交わし、ハグをし、一緒に食事ができることに怖いくらいの喜びを感じていた。
「でも、幸せそうで良かった」
「ティアやセゴール伯……今は侯爵か。あと、討伐隊のみんなのおかげだよ。みんなが良くしてくれたから、私は家族と再会することができた」
「未来の精霊王に感謝されるのは、悪くないわね」
冗談めかしにアリスティアが言うと、セシルは勘弁してくれと頬を掻く。
「私はまだ神聖力を上手く扱えない。だから、お母様の跡を継ぐにしても、それは当分先の話ですよ」
「あ、今また敬語になった」
セシルは口元を押さえる。セシルは貴族だったころから、腰が低かった。そのため誰にでも丁寧な言葉遣いだった。
家族のもとに戻っても、セシルはアリスティアとの交流を止めたくはなかった。彼女にそのことを言うと、敬語を使わないことを条件として挙げられたのである。
「気を抜くと、どうしても敬語になっちゃうな」
「時間はたっぷりあるわ」
「そうだね。世界を回ってくる間に、練習しておくよ」
セシルは荒れた大地を、また豊かにするために精霊王と一緒に世界中を回っていた。精霊王の手伝いをしながら、自分の力を使いこなせるように修行しながら。
「私の知らない世界の話を聞かせてね」
「もちろん。それから……今すぐじゃなくていいから、ティアと一緒に世界を見て回りたいな」
「私と?」
思いがけない提案に、アリスティアは目を丸くする。
「うん。……どうかな?」
「それは、とても素敵なお誘いだけど……」
「実は、君のことは以前から知っていたんだ。ジェニエットの婚約者として参加したパーティーで、彼女に放っておかれて一人で会場の隅にいたとき、ティアのことを見かけて。それから、ずっと気になってた。──たぶん、初恋なんだろうな」
「そんな。私、何もしていないのに……」
「あのときの、君の凛とした姿は今でも忘れない。他の令嬢たちにじゃじゃ馬だとか酷いことを言われても、毅然としていた。自分の生き方に誇りを持っているのだと、そう感じた」
セシルの言う通り、アリスティアも社交界では浮いた存在であった。貴族令嬢であるにも関わらず剣術や馬術に励む姿を蔑む者は少なくはなかった。
けれども、アリスティアは己を貫いた。何を言われようとも、自分を曲げることはしなかった。
そんな彼女の姿は、当時のセシルにとって、とても眩しかった。
「この地に送られてきたときも、君は民を守るために自ら前に出た。私はそんなティアの助けになれたらと思いながら、君のお父上に任された仕事をやってきた。はじめて自分がそうしたいと思ったことだったし、その結果、たくさんの人の役に立つことができた。──今の私があるのは、君のおかげなんだ」
自信のついたセシルは、今や精霊王と並んでも劣らない美しさを放つ青年へと成長していた。そんな彼に微笑まれて、アリスティアは思わず顔を両手で覆った。
「セシル、あなたって……」
顔を真っ赤にさせながら、アリスティアは指の隙間からセシルを覗き見る。
濡れ衣を着せられてやって来たころは、棄てられた子犬のように放っておくことができなかったというのに、まさかこんなにも変貌するなんて──。
一瞬、レミリアのことを思い出す。彼女もまたアリスティアのもとを度々訪れて、よくお茶をする仲だった。
初めて会ったときの彼女は恐ろしかったけど、今のセシルは別の意味で恐ろしいわ──。
なんて、アリスティアは思った。
その後、二人がどうなったのかは、また別のお話。
ジェニエットは、司法機関を通さない調査を行ったことが越権行為に当たると判断された。またブレイデンの横領を知らなかったとはいえ、彼の企みに加担して無実の人物を冤罪で裁き、勝手な処罰を与えたため、身分を剥奪され、修道院へと送られた。
魔王の報復を恐れた国王は、自らその座を降りた。王位継承者にはまだ幼い王子と、王弟殿下の成人間近の息子の二人がいたのだが、それぞれの派閥が争っている間に敵対していた隣国のセントリオンに攻め込まれ、抵抗する間もなく取り込まれ、結果的にヴァレリア王国は地図の上からその名を消すことになった。
〇
「──それで? 家族水入らずの時間はどう?」
アリスティアは、久々にセゴール領を訪れたセシルに訊いた。
セゴール辺境伯は隣国との併合に一役買っており、国の内情を報告し、率先して王都の制圧を行った。元ヴァレリア王国の貴族たちからは裏切り者と称されたが、王家と仲が悪く、天災によって苦しい生活を続ける民に見向きもしない王侯貴族にセゴール辺境伯は早々に見切りをつけていた。紆余曲折あったが、今ではセントリオン王国の侯爵家となっていた。
「正直、まだ慣れないよ。だって……存在感がすごい」
「それは、たしかに」
セシルが困ったように言うものだから、アリスティアはくすっと笑う。
セシルは今、魔族が住む領域で家族と暮らしていた。かつては荒れ果て、空にはいつも厚い雲がかかっているような領域だった。しかし、先代魔王が精霊王と共に暮らすようになってからは、豊かな自然と透き通るような青空が広がる楽園へと変わったという。
精霊王は蒼い瞳の、神々しく美しい細面の女性だった。レミリアの白金の長い髪と白い肌は、母親譲りらしい。セシルの顔立ちは彼女に似たようだ。
一方で、先代魔王である父親は、艶やかな漆黒の髪、切れ長の目に血のような真っ赤な瞳。背が高く、逞しさと妖しさを感じる出で立ちの男だった。髪は父親譲りだということをセシルは知った。先代魔王は魔物たちを静め、妻である精霊王の手伝いをしながら大人しく隠居生活を満喫していた。
存在感に圧倒されつつも、どことなく自分と似ている容姿を持つ両親と姉を見ると、セシルはこれまで心にぽっかりと空いていた穴が塞がるような気がした。
そして、毎日挨拶を交わし、ハグをし、一緒に食事ができることに怖いくらいの喜びを感じていた。
「でも、幸せそうで良かった」
「ティアやセゴール伯……今は侯爵か。あと、討伐隊のみんなのおかげだよ。みんなが良くしてくれたから、私は家族と再会することができた」
「未来の精霊王に感謝されるのは、悪くないわね」
冗談めかしにアリスティアが言うと、セシルは勘弁してくれと頬を掻く。
「私はまだ神聖力を上手く扱えない。だから、お母様の跡を継ぐにしても、それは当分先の話ですよ」
「あ、今また敬語になった」
セシルは口元を押さえる。セシルは貴族だったころから、腰が低かった。そのため誰にでも丁寧な言葉遣いだった。
家族のもとに戻っても、セシルはアリスティアとの交流を止めたくはなかった。彼女にそのことを言うと、敬語を使わないことを条件として挙げられたのである。
「気を抜くと、どうしても敬語になっちゃうな」
「時間はたっぷりあるわ」
「そうだね。世界を回ってくる間に、練習しておくよ」
セシルは荒れた大地を、また豊かにするために精霊王と一緒に世界中を回っていた。精霊王の手伝いをしながら、自分の力を使いこなせるように修行しながら。
「私の知らない世界の話を聞かせてね」
「もちろん。それから……今すぐじゃなくていいから、ティアと一緒に世界を見て回りたいな」
「私と?」
思いがけない提案に、アリスティアは目を丸くする。
「うん。……どうかな?」
「それは、とても素敵なお誘いだけど……」
「実は、君のことは以前から知っていたんだ。ジェニエットの婚約者として参加したパーティーで、彼女に放っておかれて一人で会場の隅にいたとき、ティアのことを見かけて。それから、ずっと気になってた。──たぶん、初恋なんだろうな」
「そんな。私、何もしていないのに……」
「あのときの、君の凛とした姿は今でも忘れない。他の令嬢たちにじゃじゃ馬だとか酷いことを言われても、毅然としていた。自分の生き方に誇りを持っているのだと、そう感じた」
セシルの言う通り、アリスティアも社交界では浮いた存在であった。貴族令嬢であるにも関わらず剣術や馬術に励む姿を蔑む者は少なくはなかった。
けれども、アリスティアは己を貫いた。何を言われようとも、自分を曲げることはしなかった。
そんな彼女の姿は、当時のセシルにとって、とても眩しかった。
「この地に送られてきたときも、君は民を守るために自ら前に出た。私はそんなティアの助けになれたらと思いながら、君のお父上に任された仕事をやってきた。はじめて自分がそうしたいと思ったことだったし、その結果、たくさんの人の役に立つことができた。──今の私があるのは、君のおかげなんだ」
自信のついたセシルは、今や精霊王と並んでも劣らない美しさを放つ青年へと成長していた。そんな彼に微笑まれて、アリスティアは思わず顔を両手で覆った。
「セシル、あなたって……」
顔を真っ赤にさせながら、アリスティアは指の隙間からセシルを覗き見る。
濡れ衣を着せられてやって来たころは、棄てられた子犬のように放っておくことができなかったというのに、まさかこんなにも変貌するなんて──。
一瞬、レミリアのことを思い出す。彼女もまたアリスティアのもとを度々訪れて、よくお茶をする仲だった。
初めて会ったときの彼女は恐ろしかったけど、今のセシルは別の意味で恐ろしいわ──。
なんて、アリスティアは思った。
その後、二人がどうなったのかは、また別のお話。
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